梅宮アンナ、乳がん摘出後初の告白 ネット情報は役立たず…病で知った“父ゆずりの私”
髪が無くなることで号泣
闘病の過程では、インターネットでの情報に疑問を抱く瞬間もあったという。
「誰もがそうだと思いますが、異変を感じたり、病名を告げられたら、ネットの検索で調べたり、情報を得たりするはずです。そこで私が思ったのは、正直言って、悩みの解決になる話や、本当に知りたい情報はなかったということですね。例えば、抗がん剤を使うと言うのは、乳がんの場合、イコールで髪の毛がなくなるということで、これは大変だし辛いこと。実は私、髪の毛がなくなっちゃうことで、すごく泣いたんですね。泣いて泣いて……。だったら抗がん剤は止めちゃおうかとも思ったほどでした。でも、そうはいかなかったので、頑張って気を持ち直したんです。で、髪がなくなったら、ウィッグが必要だと、ネットでウィッグを検索したのですが、なかなか思ったものがなかったんです。で、私はあえて髪の毛のない状態をSNSでアップしたんですね。でも、そこでも『こんなウィッグがありますよ』って紹介してくるような人はいなかった。そこで、私なりの手法で、自然な見せ方を考えて紹介するようになったのです」
摘出手術で考えたこと
そんな逆境への強さは父親譲りだったのかもしれない。
「振り返ってみると、父とは何か病気について話したことはなかったんですね、父は常に前向きで、何事も暗く考える人ではなかったし、とにかくプラス思考だったんです。でも、私の場合は、どちらかと言うとネガディブに考えちゃうタイプでした……。それが、いざ病気になったら意識が変わってしまったのかもしれません。私が乳がんだと分かった時は、むしろ母の方が慌てちゃって。もう大変でした。結局は自分と戦っていくしかないのですが、やはり精神的には家族も大変です」。
11月7日には右胸の全摘出手術を行なった。
「痛いな痛いなって思い続けてきたこともあったので、気持ちの中では『早く取っちゃって』というのが強かった。確かに胸は女性にとっては象徴的なものなので、その胸を取ってしまうのはショックな気持ちもありますが、それ以上に痛かったんです。乳がんは痛くないって聞いていたのですが、最初から痛みがあったので、その痛みの方を何とかして欲しかったです。もちろん右胸を摘出することで思ったのは年齢的なことですね。ただ、もう52歳ですし、この先、なくなったとしても困ることはないんじゃないかって。それに、今さら見せるようなこともないでしょうからね。もし、気が変わったとしても、いつでも再建手術は可能ですから」
再建手術を選ばなかった理由は他にもあった。
「手術の時間です。単に摘出する手術だったら3時間半ぐらいで出来ると聞かされたんです。私の場合は3時間19分でしたが……。これが再建手術も加えたら軽く11時間以上はかかっちゃうみたいで。それに術後も、なかなか定着しない方もいたりするようなんですね。そういったリスクを考えたら、私の場合は、とりあえず今は大丈夫ですっていう感じだったんです。しかも、手術は痛くないと聞かされていたのに、実は痛かったんです。もちろん、私だけなのかもしれませんが、これも今後の情報に値することだと思います」
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