大ヒット「室井慎次 生き続ける者」に登場した“秋田の古書店”…実は雑司ヶ谷の「映画ファンの聖地」だった!
実に個性的な店長と名物店員
池袋駅東口から、明治通りを10分ほど南下すると、通り沿いに、古書ワゴンが表にあふれた店が見えてくる。そこが「古書往来座」だ。住所は「豊島区南池袋3丁目」だが、地理的には、ほとんど「雑司ヶ谷」といっていい。鬼子母神や大鳥神社も、すぐそばだ。
店に行くと、まるで僧侶のような頭部の店長と、始終「ギャハハ!」とパワフルな嬌声をあげる女性の2人が迎えてくれた。
まず、店長に、店の由来をうかがった。
「わたしは、不肖、瀬戸“アル・パチーノ”雄史と申しまして、当年49歳。ここは開店が2004年5月なので、もう20年になります。その前は、池袋西口の東京芸術劇場1階にあった古書店『古本大學』に勤務しておりました」
そう聞いて驚く方もいるかもしれない。東京芸術劇場の1階、現在、音楽スタジオ「フォルテ」のある場所は、かつて古書店だったのだ。場所柄、音楽や映画など、アート関係の本が充実している店だった。瀬戸さんは、そこから独立して、「古書往来座」を開店した。
「古本大學」時代の在庫をそのまま引き継いだので、当初からアート関係は多かった。だが、さらに決定的になったのは、「ギャハハ!」女史の名画座通いがはじまってからだった。
「わたしは、本名・野村美智代、通称“のむみち”と申しまして、当年48歳。2000年に『古本大學』に入店し、いまに至っております」
この“のむみち”さん、ほとんどビョーキともいえる、旧作邦画ファンなのだ。なにしろ好きな俳優は、男優なら大木実か宝田明、女優なら飯田蝶子だというのだから、尋常ではない。
「現在、都内で旧作邦画に力を入れている名画座は、新文芸坐、シネマヴェーラ渋谷、神保町シアター、国立映画アーカイブ(旧・フィルムセンター)などですが、わたしが名画座通いをはじめた2009年当時は、そのほかに銀座シネパトス、新橋文化、三軒茶屋シネマ、シアターN渋谷など、もっと多かったんです。そのころは、情報誌『ぴあ』があったので、どこで何の映画をやっているか、すぐにわかったのですが、2011年7月に休刊となってしまいました」
そこで“のむみち”さん、手弁当で、都内名画座のスケジュールを一覧表にした、月刊フリーペーパー「名画座かんぺ」を“創刊”する。2012年1月のことだった。しかもそれは、B4判、裏表に手書きでビッシリの“超アナログ”情報紙だった。
「お店で配布するほか、掲載している名画座さんにも置いていただいています。しかし、なにぶん、お手製コピーなので、発行部数も1000部前後が限度で、毎月、“発行”と同時に“品切れ”。申し訳なく思っています」
毎号、まぼろしの情報紙となる「名画座かんぺ」と、発行人“のむみち”さんは、すぐにマスコミで話題となった。著名人が次々とSNSで紹介、新聞でも取り上げられ、週刊ポストでは同名コラムを連載(現在は終了)。故郷・宮崎の「宮崎日日新聞」では、「のむみちの名画座タイムス」も連載することになった。
それどころか、憧れの宝田明さんにインタビューし、構成を担当した『銀幕に愛をこめて ぼくはゴジラの同期生』まで刊行された(2018年刊。現在は、ちくま文庫)。残念ながら宝田さんは2022年3月に87歳で逝去されたが、本書は、満州からの決死の引き揚げ、さらに戦後日本映画界の裏話までを綴った、貴重な記録として評価されている。
こうして「古書往来座」は、「名画座かんぺ」発祥の店として知られるようになり、自然と、映画関係の古書が集まるようになってきた。
そうしたところ、2024年3月、ひとりの青年が、フラリと店に入ってきた。
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