「24分間」の息止め世界記録 365日休まず酸素を供給する肺の驚異的なパフォーマンス
あなたは何分息を止められるだろうか? 同じ哺乳類の中でも2時間水中に潜っていられるものもいるというが、普通、1分ほどが限界ではないだろうか。
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ところが、医療・医学の最前線の取材を重ねてきたノンフィクション・ライターであるビル・ブライソンの著書『人体大全』(桐谷知未訳)によれば、ヒトの限界に挑戦し驚異の「24分」という記録を達成した人類がいるという。
実は「肺」を平らに伸ばせばテニスコート一面を覆(おお)うことができ、肺の中の気道の長さはロンドンからモスクワにまで届くという。24時間365日お世話になっている、想像以上に巨大な装置である「肺」について、同書をもとにひもといてみよう。
※本記事は『人体大全』の一部を抜粋・再編集し、全2回にわたってお届けする。【本記事は第2回/最初から読む】
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呼吸は、ヒトが意図的に制御できる数少ない自律神経機能のひとつだ。とはいえ、それはある程度までにすぎない。好きなだけ目を閉じていることはできるが、息はそれほど長く止めていられず、そのうち自律神経系が勢いを取り戻して呼吸を強制する。
おもしろいことに、息を長く止めすぎたときに感じる不快さは酸素が欠乏するせいではなく、二酸化炭素が蓄積するせいだ。だから、息を止めるのをやめたとき、まず最初に息を吐く。最も緊急に必要なのは、よどんだ空気を出すより新鮮な空気を取り込むことだと思うだろうが、そうではない。体は二酸化炭素が大嫌いなので、たっぷり息を吸う前に吐き出さなければならないのだ。
最も長く息を止めていた記録は「24分」
ヒトは息を止めるのがあまり得意ではない。いや、呼吸についてはまったく無能だと言ってもいい。わたしたちの肺は約6リットルの空気を溜(た)められるが、普段の呼吸では一度に約半リットルしか取り込まないので、改善の余地は大いにある。
人間が自発的に最も長く息を止めていた記録は、スペインのアレイクス・セグラ・ベンドレルの24分3秒で、2016年2月にバルセロナのプールで達成した。しかしそれは、事前にしばらくのあいだ純酸素を吸ったあと、エネルギー需要を最小限まで減らすために水中でじっと寝ているという方法だった。たいていの水棲(すいせい)哺乳類に比べると、かなりお粗末だ。
アザラシの中には、2時間水中に潜っていられるものもいる。ほとんどの人は、1分以上息を止めていられない。海女(あま)と呼ばれる日本の有名な真珠採りの女性たちでさえ、ふつうは2分ほどしか水中に潜っていられない(ただし、彼女たちは1日に100回以上潜る)。
「肺」は全身(何十億もの細胞)に酸素を送るスーパー装置
とはいえ、肺はかなり苦労してあなたを生かし続けている。平均的な体格の成人なら、皮膚の表面積はおよそ2平方メートルだが、肺組織の表面積は約90平方メートルで、そこに収まる気道をつなげると約2400キロメートルにもなる。こんなにもたくさんの呼吸装置を胸のささやかな空間に詰め込んだことで、どうやって何十億もの細胞に効率的にたくさんの酸素を届けるかというかなり重大な問題が鮮やかに解決されている。
その入り組んだ収納術がなければ、わたしたちは昆布(こんぶ)のような姿をしていたかもしれない――体長数十メートルにもなるが、酸素交換を容易にするために、すべての細胞を表面のごく近くに備えているのだ。
息を吸って、入ってくる空気の80%は窒素
深く息を吸ってみてほしい。生命の源である豊かな酸素で肺が満たされているような気がするだろう。実を言うと、そうでもない。あなたが吸っている空気の80パーセントは、窒素だ。大気中で最も豊富な元素で、わたしたちの存在にとって欠かせないものだが、他の元素と相互作用はしない。息を吸うと、空気中の窒素は肺に入るが、まるでぼんやりした買い物客が間違った店に迷い込んだときのように、そのまままっすぐ外へ出ていく。
窒素をヒトに役立つようにするには、もっと社交的な形、たとえばアンモニアなどに変換する必要がある。その仕事をしてくれるのが「細菌」だ。彼らの助けがなければ、わたしたちは死んでしまう。それどころか、存在することさえなかっただろう。今こそ、自分の体に棲んでいる微生物たちにお礼を言うべき時だ。
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※本記事は『人体大全 なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか』より一部抜粋・再編集しています。
※息を止めていた記録は2016年当時のものです。