「口づけで10億個の細菌が移動する」 “体を張った実験”で明らかになった、風邪の「予想外な感染ルート」の真実
【前編からのつづき】前編⇒アナタの体に住んでいる「微生物」は約1.4kg! ほぼ「脳と同じ重さ」 人間は彼らなしに生きていけない
「細菌」と聞いて何を思い浮かべるだろうか? 不潔と感じる人も多いだろう。意外にも、病原体を広げる効果が“最も低い”のは口づけだという。
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医療・医学の最前線の取材を重ねてきた在イギリスのノンフィクション・ライターであるビル・ブライソンの『人体大全』(桐谷知未訳)をひもとくと、風邪ウイルスがうつる場合、くしゃみや咳も大したことはなく、確実なルートは別にあるという。【前後編の後編/前編を読む】
※本記事は『人体大全』の一部を抜粋・再編集してお届けする。
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“くちづけ”で移動した細菌 ⇒ 1日で大掃除される
この記事の前編【アナタの体に住んでいる「微生物」は約1.4kg! ほぼ「脳と同じ重さ」 人間は彼らなしに生きていけない】では、人がいかに細菌に依存して生きているかをひもといたが、ヒトの体に棲む微生物群は、驚くほど個人差が大きい。あなたもわたしも数千種の細菌を体内に持っているが、共通の細菌はごく一部にすぎないだろう。
どうやら微生物は、凄腕のハウスキーパーらしい。男女の関係をもつと、あなたとパートナーは否応なくたくさんの微生物や他の有機物を交換する。ある研究によると、情熱的なくちづけだけでも、ひとつの口からもうひとつの口へ、最大10億個の細菌と、いっしょに約0.7ミリグラムのタンパク質、0.45ミリグラムの塩、0.7マイクログラムの、0.2マイクログラムの“種々雑多な有機化合物”(すなわち食べ物のかけら)が移動するという。
しかしパーティーが終わるとすぐさま、両参加者の寄生微生物は猛烈な大掃除のようなものを始め、たった1日かそこらで双方の微生物プロファイルはほぼ完全に、くちづけする前の状態に戻る。ときおりなんらかの病原体がこっそりすり抜け、そのせいでヘルペスになったり風邪を引いたりするが、それは例外だ。
わざと風邪を引かせ――「人間を使った実験」
イギリスは何年ものあいだ、ウィルトシャーで“普通感冒ユニット”と呼ばれる研究施設を運営していたが、1989年、治療法が見つからないまま施設は閉鎖された。
とはいえ、そこではいくつか興味深い実験が行なわれた。そのひとつでは、ひとりの有志が鼻孔に、鼻水が出るのと同じ速度で薄い液体が漏れる装置を取りつけられた。次に被験者は、カクテルパーティーに参加しているつもりで他の有志たちと交流した。誰にも知らされていなかったが、液体には紫外線のもとでしか見えない染料が混ぜてあった。
しばらくの歓談のあと、紫外線のスイッチを入れると、参加者たちはその染料が至るところで見つかることに愕然(がくぜん)とした。参加者全員の両手と頭と上半身、グラス、ドアノブ、ソファーのクッション、ナッツのボウル、何もかもだ。平均的な成人は1時間に16回自分の顔に触れるので、1回触れるごとに病原体を模した液体が、鼻からスナックのボウル、何も知らない第三者、ドアノブ、さらには何も知らない第四者などへ次々と移っていき、ついにはほとんどすべての人やものが、偽の鼻水のキラキラした輝きを帯びるようになった。
アリゾナ大学での同様の研究では、オフィスビルの金属のドアノブを“感染”させたところ、たった4時間ほどで、“ウイルス”がビル全体に広がり、社員の半数以上を感染させ、コピー機やコーヒーメーカーなどほぼすべての共有機器にも現われたことがわかった。
風邪をうつすのに“確実な方法”
現実世界では、そういう蔓延(まんえん)が最大3日続くこともある。意外にも、病原体を広げる効果が最も低いのは(また別の研究によると)口づけだという。首尾よく風邪ウイルスに感染していたウィスコンシン大学の有志たちのあいだでは、口づけにはほぼまったく効果がないことが証明された。くしゃみや咳(せき)も、大したことはない。風邪ウイルスをうつす唯一の本当に確実な方法は、手で体に触れることだ。
ボストンの地下鉄の調査によると、金属製のポールは微生物にとってかなり不利な環境だという。微生物が繁栄しているのは、座席に張られた生地の中と、プラスチックの吊り輪の表面だ。どうやら病原体をうつすのに最も効果的な方法は、紙幣と鼻汁の組み合わせらしい。
スイスの研究では、インフルエンザウイルスは、小さな鼻くその粒といっしょにいられれば、紙幣の上で2週間半も生き延びられることがわかった。鼻くそなしでも、ほとんどの風邪ウイルスは紙幣の上で2~3時間は生き延びられる。
感染症を着実に予防するたったひとつのこと
医者が診察のあと手をきちんと清潔にするには、石鹸と水で少なくともまる1分、徹底的に洗う必要がある。実際問題として、たくさんの患者を診なくてはならない医者には、ほとんど達成不可能な基準だ。これが、毎年およそ200万人のアメリカ人が病院で重い感染症をうつされてしまう大きな理由のひとつになっている(そのうち9万人が死に至る)。
アメリカの外科医アトゥール・ガワンデはこう書いた。「いちばんたいへんなのは、わたしと同じような臨床医に、感染症を着実に予防するたったひとつのこと、つまり手洗いをさせることだ」。
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この記事の前編【アナタの体に棲んでいる「微生物」は約1.4kg! ほぼ「脳と同じ重さ」 人間は彼らなしに生きていけない】では、4万種の細菌にとっての“わが家”であるヒトと細菌との切っても切れない関係について紹介している。
※『人体大全 なぜ生まれ、死ぬその日まで無意識に動き続けられるのか』より一部抜粋・再編集。