「教育熱心と虐待は紙一重」 中学受験ブームに潜む「教育虐待」の闇 「勉強ができない息子を父親が刺し殺したケースも」

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なぜ親は「生きる力」を育てることに注力できない?

 このようなことを踏まえれば、子供の将来のためには、親は学歴より、人格を育てることに注力する方が賢明だといえよう。具体的には、自由な遊びの中で好奇心を膨らませる、スポーツを通してチームワークを磨く、文化活動を通してさまざまなことに関心を広げる、不特定多数の人との付き合いの中でコミュニケーション力を高めるなどである。

 特にグローバル化、多様化した社会にあっては、こうして身に付く本質的な「生きる力」こそが、働く上でも、生活する上でも求められる。高い学歴を得ても、幼少期の“勉強漬け”の日々によってそのような力が欠如してしまい、社会に出た後に生きづらさを感じている若者は少なくない。それでも、なかなか親が子の「生きる力」を育てることに注力できないのは、学力と違って、これらが点数として目に見えるものではなく、親にとって安心感に乏しいためだろう。

 前出の校長は次のように話す。

「親の役割は、勉強をやらせることではなく、好きにさせることだと思います。サッカーの好きな子は、自分から練習して、サッカーのテクニックだけでなく、リーダーシップや協調性や自己表現力などたくさんの力を身に付けますよね。海外リーグに関心を持って、その国の文化や言語を学ぼうとする子もいる。逆に、サッカーに関心のない子供に、親が無理やり練習をさせてもうまくならないし、何も学ぼうとしません。

 勉強も同じなのです。親が与えたさまざまな体験や知識によって、子供が勉強を好きになれば自然とやるようになる。それが学力だけでなく、総合的な『生きる力』となるたくさんの能力を発達させるのです。しかし、無理にやらせれば、そうはなりません」

「生きる力」を磨く

 国語の文章題で夏目漱石の作品を読んで、親が認める点数を取れたかどうかだけを気にする子供と、そこから時代背景、登場人物たちの心理、同時代の別の作家の作品に関心を示す子供とでは、同じ問題を解いていても得られるものはまったく違う。子供の「生きる力」を磨くとはそういうことなのだ。

 そのために、勉強において親は子供にどう働きかけるべきなのか。その答えを見いだすには、まず親が子育てに、自己実現や目先の成果の追求を持ち込むのをやめる必要がある。勉強が子供主体になった時、初めてそれが本当の価値を持つのである。

石井光太(いしいこうた)
作家。1977年東京都生まれ。『遺体』『「鬼畜」の家』『近親殺人』『こどもホスピスの奇跡』など著書多数。最新刊は『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)。2023年に『教育虐待 子供を壊す「教育熱心」な親たち』(ハヤカワ新書)を上梓。同著を原作とした漫画版が新潮社のウェブマンガサイト「コミックバンチKai」で連載中。

週刊新潮 2024年11月21日号掲載

特別読物「第三次中学受験ブームに潜む教育虐待の『闇』」より

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