文庫版がベストセラー『百年の孤独』とフェイクニュースの意外な共通点…石戸諭が語る「魔術的リアリズム」の核心とは

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 2024年の海外文学でひときわ話題になったニュースと言えばガブリエル・ガルシア=マルケスの『百年の孤独』(新潮文庫)の大ヒットだろう。現在12刷、累計36万7000部。「文庫になると世界が滅ぶ」――とも言われた原著の刊行は1967年、日本語版の刊行が1972年だから、50年以上の時を経て30万人を超える人々に受け入れられたことになる。最新作『「嫌われ者」の正体 日本のトリックスター』を上梓し、自身も痛烈に影響を受けたというノンフィクションライターの石戸諭氏がその魅力を語る。

『百年の孤独』との出会い

「新潮社だと、ガルシア=マルケスの『百年の孤独』とミシェル・フーコーは海外作品の中でも文庫化されないというイメージがありました。ガルシア=マルケスの中では最も知られている作品ですし、大江健三郎さんや中上健次さんなど多くの作家が影響を受けている。潜在的な知識欲を刺激してくれる作品だったのだと思います。手ごろな値段の文庫になったら挑戦したい、手もとに置いておきたいという人も多かったのでしょう。そうしたことが積み重なってヒットにつながったのではないでしょうか」

 と石戸氏。『百年の孤独』との出会いは高校時代に遡る。

「本当はスペイン語が専門だった高校の英語の先生から1999年に改訳された『百年の孤独』の単行本を卒業時にプレゼントされたんです。作家の名前も知らなかった僕に“このくらいは読んだ方がいいよ”という餞別でした。高校卒業後、2002年に立命館大学に入学し、1年生の時に読んでみたのですが“よくわからない小説だなあ”くらいの感想しかありませんでした」

 ガルシア=マルケスとの二度目の出会いを果たすのは毎日新聞社に就職後、岡山支局で警察担当をしていた時だった。

「岡山の古本屋でちくま文庫から出ていた『幸福な無名時代』をたまたま手に取ったんです。当時、警察官への夜回りは自家用車で行っていて、待ち時間が暇だったので、車の中に本を常備していました。当時、ようやく特ダネも取れるようになり、記者という仕事が面白くなってきた時期で、そこで、ガルシア=マルケスやヘミングウェイなど、ジャーナリズム出身の小説家の作品を読むようになっていたんです」

 ガルシア=マルケスはもともと新聞や雑誌で記者をしていたジャーナリストだった。1927年生まれのガルシア=マルケスはボゴタ大学法学部を中退後、自由派新聞「エル・エスペクタドル」の記者となる。同紙が廃刊すると、ベネズエラの「モメント」誌などに勤め、その後はカストロ政権の機関紙の代表になったこともあった。

『百年の孤独』

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ルポ的技法と小説的技法

「『幸福な無名時代』はベネズエラ時代のルポルタージュを集めた作品です。中でも『1958年6月6日、干上がったカラカス』が抜群に面白い。作品では冒頭に“もしもあした雨が降ったら、このルポルタージュは嘘だったということになる。六月に入ってまだ雨が降らなかったときに読んでみること”と注釈がついています。水不足問題を扱ったこのルポは実は架空のもの、フェイク・ルポルタージュなんです。しかし、実際に読み込んでいくと、本物のルポのように感じられるのです」

 実はここにガルシア=マルケスの魅力があると説く。

「彼の小説の特徴はディテールの書き込みにあります。それも細かすぎる、と言いたくなるほどに詰め込む。一つの描写を細かく書き込んでいくことによって、小説にリアリティを持たせているのです。実はこのディテールの積み上げというのはジャーナリズム的方法そのままなんですね。ある事件が起きた時に、メディアは犯人が犯行時にどういう格好をしていたのか、どんな髪型なのか、どんな車に乗っていたのか、詳細に取材します。そのディテールを積み上げることで読者に分かりやすく、イメージができるように原稿を作っていく。そうした方法をガルシア=マルケスは小説の世界に導入したと言えるのです」

 石戸氏はその後、田舎で起きた殺人事件の真相を追及する『予告された殺人の記録』を読み、ルポ的技法と小説的技法をミックスして書いているのだと確信する。

「この作品は事件についていろんな人が証言している話を集めているものとも読めて、僕には新聞社における事件取材そのものでした。一つの事件にもいろんな側面があり、立場によって見え方が違う。そういう点では記者として勉強になりました」

 そして『百年の孤独』を改めて読み直した。

「すると1度目に読んだ時とは全く違う衝撃を受け、これが名作と言われる理由が氷解しました。実はガルシア=マルケスの特徴と言われる魔術的リアリズムというのは、それほど難しいことではなく、やはりジャーナリズムの手法を持ち込んで“ディテールを書き込む”ということだったんですね。神話的世界を構築されているんだけど、実際に出てくる登場人物は“こういう人いるよな”と市井にいそうな人物として描写されています。そして、リアルには起こり得ないこと、人が浮く、昇天していく、という描写も細かく描かれる。1960年代にアメリカで起きたニュー・ジャーナリズムは客観的な記述よりも、集めた事実をもとにストーリーを組み立てることが重視されました。つまり、“ジャーナリズムの世界に小説的技法を組み込んだ”のですが、ガルシア=マルケスはその逆、“小説の世界にジャーナリズムの方法を組み込んだ”と言えるのです」

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