北関東にハリウッドがあった!? 虚実ないまぜの原寸大「渋谷スクランブル交差点」が栃木県に誕生した謎に迫る
もともとは取り壊される予定だった
では、どうして足利市なのか……ということだが、足利市は平成26年度に、「映像のまち推進課」を市役所内に設け、ロケ誘致に積極的に取組んできたという背景を持つ。「東の京都」と呼ばれた同市は、歴史的な建造物や風情ある町並みが残っていることから映像との相性が良く、平成28年度には年間60作品もの撮影が足利市で行われたほどだ。「ちはやふる」、「64-ロクヨン」、「今夜、ロマンス劇場で」といった映画のロケも足利市で行われており、中国の制作会社もその例に倣い打診してきたのだ。場所は、2003年に閉鎖された足利競馬場の跡地が選ばれた。
「撮影後は取り壊して元の状態に戻す予定でした。しかし、そのコストがとても高かったそうです。せっかくほぼ原寸大のスクランブル交差点を作ったのだから、今後もニーズがあるはずだという意見も出ました。弊社の代表は足利市の出身で、映像の力で地元を盛り上げたいと考えていたこともあり、我々ギークピクチュアズが第三セクターとして運営することになりました」(町田さん)
中国の大作映画を撮り終えた2019年、この巨大なセットは「足利スクランブルシティスタジオ」として生まれ変わった。ギークピクチュアズは映像制作会社であるため、これほどまでに大きなオープンセットを運営すること自体、業界としては異例だという。「小さなスタジオを持つことは珍しくないのですが、このサイズとなると話は別です。代表から『運営することになった』と聞いたときは思わず聞き返しました」と町田さんは笑う。
虚と実がクロスする“スクランブル交差点”
それにしてもだ。見れば見るほど、細部までこだわった再現度に目を丸くする。信号機もポータブル電源によってきちんと点灯・点滅すれば、ストリート特有の落書きまでトレースしているではないか。街特有の“褪せた”雰囲気が見事に表現されているのである。
そのこだわりを、同スタジオの施工を担当した美術制作会社・ヌーヴェルヴァーグの担当者が説明する。
「渋谷という街が長年の歳月をかけて“汚れていった”雰囲気の再現をどうするかといったところに苦労しました。時間の経過とともに風雨や排ガスで色あせていく自然な劣化と、多くの人々が行き交うがゆえに発生する破損や落書きといった人為的な劣化を違和感なく再現することにこだわりました」
その言葉通り、「足利スクランブルシティスタジオ」は良い意味で汚れている。初めて訪れたはずなのに見慣れた景色に見えたのは、サイズ感が同じなだけでなく、質感がそっくりだからということもある。なんでも、ガムや落書き、点字ブロックの破損などは現地の写真を1000枚以上撮影して再現し、アスファルトや信号機は実際の道路と同じものを使っているそうだ。必要が生じれば、実際のスクランブル交差点に合わせる形で、アップデートする可能性もあるという。
また、「方角を現地とあわせて日の差し込みを同じにした」という点も興味深い。現在の渋谷は駅を中心に、「渋谷ヒカリエ」「渋谷スクランブルスクエア」「渋谷ストリーム」「渋谷フクラス」といった高層ビルが林立するため、スクランブル交差点を歩くとき陽の差し込みを感じることはあまりない。もっと言えば、壁のように取り囲む商業ビルによって東西南北の感覚すら薄れている。
ところが、遮るものがない「足利スクランブルシティスタジオ」ではまぶしいほどの西日が降り注ぐ。影の少ないスクランブル交差点に立つと、パラレルワールドは本当に存在するのではないかと感覚が混濁する。スクランブル交差点にいるはずなのに、北に両毛線、南に渡良瀬川が走っている……虚と実がスクランブルに交差しているのだ。
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