死後は「夢と希望の世界」 イラストレーター2人の死に横尾忠則が思うこと
たまたまだろうと思うけれど、2人共、グラフィックデザイナーから出発してイラストレーターとなった田名網敬一さんと山藤章二さんが今年、たて続けに亡くなりました。
速報羽生結弦との「105日離婚」から1年 元妻・末延麻裕子さんが胸中を告白 「大きな心を持って進んでいきたい」
僕のスタートもグラフィックデザイナーでその後イラストレーターになったのに、同年の田名網さんとはなぜか言葉を交したことがない。一方、山藤さんは、僕が上京する前に勤めていた大阪のデザイン会社が、東京に移転した際に入ってきたのですが、僕が上京と同時に会社を辞めてしまったので彼と並んで仕事をしていたのはたった2ヶ月。そのあと一度、彼の家に遊びに行った切り64年間一度も会っていません。
その2人の夫人が去年亡くなったと聞きました。すると2人共奥さんが亡くなった1年後に、後を追うように亡くなったことになります。
田名網さんはこれでもかと言わんばかりに、展覧会のために物凄い数の作品を作ったにもかかわらず、自分の展覧会のオープニングの数日後に亡くなったそうです。初めての大規模な回顧展だったのに、病気のため自分の展覧会の会場にも行けず、オープニングにも出席しないまま亡くなっています。なんとも残酷な話です。
一方、山藤さんは亡くなる3年ほど前に「週刊朝日」に何十年も連載していた「ブラック・アングル」と「似顔絵塾」を降りて、イラストレーターも廃業してしまいました。それに対して田名網さんはローソクが最後の炎を燃やした瞬間に、そのまゝ亡くなりました。2人は実に対照的な生涯を終えました。
そこで僕が気になるのは2人の夫人が、本人の亡くなる1年前に先き立たれたということです。男は配偶者が亡くなると、すぐ後を追うように亡くなるといいますが、この2人は絵に描いたように、そうなりました。
それに反して夫が妻より先きに死ぬと、夫人は猛烈に元気になって、ますます若返るともいいます。やはり、この人もイラストレーターで、僕の長い間の友人ですが、和田誠君が5年前だったかに急逝しました。和田君が病気になった話など一度も聞いたことがなかったので、この時は驚きました。和田君は夫人のレミさんと仲が良くおしどり夫婦と呼ばれていたので和田君が亡くなったあと、レミ夫人は悲しみのあまり病気にでもなるのではないかと心配していましたが、予想に反して彼女は猛烈に元気で、今は売れっ子のタレントです。やはり夫が亡くなると、妻は元気になるというその好例です。
と、そこで考えるのは自分のことです。先きの2人も和田君も僕と同学年です。だからいつ死んでもおかしくないのですが、僕はまだ元気とまではいえないものの絵を描いています。人生百年時代に88歳はまだ若いといわれそうですが、88歳といえば立派な老齢もいいとこです。毎日のように新聞に載る死亡記事の、訃報者の年齢はほとんどが僕の年齢の前後の人達ばかりで、僕はそのど真中にいるのです。
わが夫婦はひとつ違いですが、2人共病んではおらず、定期診断の時だけ病院に通っています。どっちが先きに逝くのかわかりませんが、まあ2人共似たり寄ったりでしょうね。僕は子供の頃から病弱なので、僕の方が先きに逝くのかなと思いますが、僕には絵という長寿の“秘密兵器”があります。絵さえ描いていれば何んとなく長寿を約束されていると勝手に決めています。
画家は皆元気です。イラストレーターやデザイナーはやや観念的な仕事で頭を使うのでストレスが多いですが、画家は描くことでストレスを体外に追放させてしまうせいか、ピカソ、ミロ、マチス、キリコ、シャガール、ダリ、名前を挙げるときりがないほど、長寿者が多いです。僕は別に長生きをしたいとは思いません。もう絵はとっくに飽きているからです。それがこの歳まで生かされているのは全て絵のお陰です。でも絵に長生きさせられて僕がひとり残ってしまったら、これは困ります。たちまち困ってしまいます。先ず日常生活の食事も含めて身の廻りのこと、家のことなど、全てチンプンカンプンなのでいっさい何もできません。貯金通帳や、書類みたいなものがあるのかないのか、何ひとつわかりません。
だからもし、僕が妻より長生きするようなことがあったら、冒頭の2人のイラストレーターみたいに1年後どころか、もっと早く死んでしまいそうな気がします。まあ、死ぬのは怖くないと言いましたが、それは事実なので、死ぬのは平気です。というか死後の向こうでの生活に物凄い夢を持っているので、死はある意味では救いであり、楽しみです。そんなわけで、われわれ夫婦は年齢が離れていないのでほぼ同時期に向こうへ行くような気がします。
向こうとこちらの現世は相対的なので、何もかも逆転しているので、僕はもう向こうでは絵を描く気がしません。こちらでは僕は何んとなく威張っていますが、向こうでは逆転して、妻の下僕になるかも知れません。とはいえ受身の性格の僕はその方が、楽でいいなあと思います。こちらが終ってもまだ、向こうでこの続きの第2ステージが始まるのです。向こうの世界こそ本番です。2回にわたって死後の話を書きましたが、それは僕にとっては、向こうこそ夢と希望の世界だからです。