立川談志が前座の弟子に“名刺を作らせなかった”納得の理由 その代わり「名刺を頂いたら後で……」
「基礎をキチンとやれ」
キウイが入門して間もなくのこと。談志の家で二人きりになった。最近、落語を喋っているかと質問された。「一人で稽古しています」と答えると、談志は缶ビールを飲みながら、こう言った。
「相撲の昔の番付だとか、そういう古いことに興味がなかったら、それは古典に才能がないと思え」
続けて、「マヌケはだめ。お前もキザに言えば芸術家になれ」。真面目、不真面目は関係ない。前座時代から、辛く苦しい学習を積むことが大事で、そしてオリジナリティも大切だという。
〈「作品を忠実にやっていたら、これほどつまらないものはない。面白いことを言わなきゃダメだ。基本をやるとつまらなくなるというが、それは基本しかしないからそうなるんだ。しかし、段々としゃべれるようになると、色々と余計なことを入れて好き勝手にやりたくなってくる。だが斬り口がいいだの何だの、そんなのはたかが知れていて、気が付きゃ落語をしゃべっていないことがある。それでもウケて売れりゃいいが、たいがいはチョイと目を引くだけで、ずっとは続けられない」〉(同)
そしてここから、落語家として最も大切なことを説く。
〈「基礎はしっかりやっておけ。ウケてる落語はパロディ、落語のパロディだ。客も受け入れるのは自分と同じ素人口調だからだ。面白いのはいい。仮に高座でワーッとウケたとしよう。だがそうなると伝統が持たない。我々は伝統の稼業だ。金馬、志ん生、キチンとしているかといえばそうじゃない。不完全だ。俺も不完全だが、お前も結局は俺がいなくなればキチンとやらなくなるんだから、せめて少なくとも俺のそばにいる間はキチンとやれ。基礎はキチンとやれ。どんなに形にハメられても個性は消えない」
そして最後に念を押すように言われました。
「いいか、基本をやっていれば必ず残れる。迷ったら基本にかえれ。自分を過信する奴は馬鹿だ。残ってる奴は基礎がある奴だ」〉(同)
「迷ったら基本にかえれ」
芸事だけでなく、あらゆる仕事やスポーツなどに通じる言葉である。基本なくして応用も発展もない。つまずいたら、何度も原点にもどればいい。二人きりになると、談志は妙に優しくなることがあり、この時はかなりの時間を割いて、キウイに芸論を語ったという。その後で、談志宅を出ようとしたキウイに、ニッと笑って、こう言ったそうだ。
「お前に話すなんて、才能の無駄遣いをしたな」
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第1回「『努力とは馬鹿に与えた夢』『学問とは貧乏人の暇つぶし』…“最後の名人”立川談志が遺した知るほどに奥深い名言」では、イベントで美味しいビールを聞かれると「酔えばみんな同じ」、ラーメン屋で色紙を頼まれると「黙って食え」、他にも「アメリカ人は信用できない」など、奥が深い談志語録が満載。
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