「斎藤元彦氏」再選のウラ側を徹底検証 「ネットが正義、テレビが悪です」が人々を動かした背景とは
構図を一変させた“立花孝志氏”の参戦
兵庫県知事選挙は前知事の斎藤元彦氏が激戦を制した。13万票差は大勝と言ってよく、私自身、想像もしていなかった結末だった。現地取材に入らなかったことを悔いる一方、最初の就職先として3年半を過ごした神戸新聞を直撃した今回の「事件」である。その都度、現地の記者や県庁関係者などから入ってきた情報、報道内容を振り返るにつけ、胸に膨らんでいかんともしがたい驚きを整理しておきたい。【広野真嗣/ノンフィクション作家】
【写真】まばらだった支援者が、凄まじいまでの群衆に膨れ上がる衝撃のビフォア・アフター。投票日の直前には斎藤氏の姿が見えないほどに
選挙中盤の情勢調査では、無所属で前尼崎市長の稲村和美氏がややリード、これを斎藤氏が追う展開で(神戸新聞11月7日付)、各紙ともほぼ見立ては一致していた。その後の約10日間で一気に斎藤氏が抜き去った格好だ。
構図を一変させたのは、「斎藤氏を応援するため」と公言して立候補したNHK党の立花孝志氏の発信だった。
立花氏の政見放送は、たとえば泉房穂氏・元明石市長の現職時代のパワハラ発言のモノマネから見る者の心を掴む巧みなものだ。続いて「テレビは嘘の情報を流して(斎藤)知事をいじめている」と論じ、「正しい情報を入手して選挙に行かなければ民主主義が崩壊します」と煽った。
SNSでの立花氏は、街頭で批判的な声を投げかける人を罵倒しまくる狼藉ぶりが目につくが、同時に、選挙関連の法令に詳しく、メディアが報じない一点に論点を収斂させる技法に練達したトリックスターである。
これまでその影響力を過小評価していたことを、私は、率直に反省せざるをえない。
マスコミを縛る“作法”
選挙は候補者の言論の自由が広く認められ、逆に報道機関が慎重になる特殊な空間だ。ここにどこからか入手した「キラーコンテンツ」を次々と投入することで、マスコミの弱点を巧みについた。
斎藤氏の「パワハラ」などを告発し、今年7月に自ら命を絶った前県民局長にまつわる不名誉な内容を記した出所不明の「文書」しかり、秘密会だった百条委員会でのから流出した、斎藤氏の側近、片山安孝前副知事の発言部分の「音声」しかりだ。
選挙でなければ当然に疑問視されるこうした発信も、選挙期間中ならばいちいち理非を問われない。公職選挙法の「選挙の公正を害してはならない」(148条)という文言の縛りを強く意識するテレビや新聞は、〈A候補の主張に5行触れたらB候補についても5行書く〉といった前例踏襲型の作法にからめとられ、候補者の不適切な言動にも沈黙する。この作法の裏で、立花氏は躍動した。
前述の片山氏発言の流出音声は、選挙期間中、SNSで広く拡散した。
片山発言の音声は断片的なものだが、前県民局長のパソコンに斎藤政権の「転覆」を示唆する文書についてふれた後、倫理的な問題を含んだメールや日記があった、と語り始めたところで、委員長の自民党県議がこれを遮っている。確かに、県議の語気は強く、いかにも片山氏による発言を“封殺”しているように聞こえる。
しかし、告発内容とは直接関係のない私生活にまつわる情報を暴露することは告発者への脅しになるし、公人である斎藤氏の問題をかき消す材料として取り扱うことは慎むべきものだ。
マスコミの記者たちはそう理解するからこそ、報道の中では取り扱わなかった。これも「作法」なのだが、立花氏はこの作法を逆手に取って、「テレビや新聞は嘘ばかり」という物語に仕立てたのである。
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