「佐々木朗希」メジャー移籍に恩師「吉井監督」の“本音”は? 「大谷翔平=栗山監督」との“決定的な違い”とは

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電通の影

 一方、佐々木の場合、先ほどの発言に見えるように、吉井監督との関係性はそれほど深くないように見える。むしろ、聞こえてくるのは、佐々木の“球団外”とのパイプの太さだ。とりわけ電通との関係は有名で、佐々木の母が代表取締役を務めるマネジメント会社が一時、佐々木のブレーンの1人と見られる電通社員の所有物件に登記上の所在地を置いていたほど。ロッテが“取り巻き”サイドに遠慮をしている節すら見えた。

 故郷の岩手県でも同じだ。佐々木にとって夢のポスティング移籍が決定しても「頑張れ!」の声がそれほど聞こえてこない。佐々木は陸前高田市の出身。2011年3月、わずか9歳で壮絶な経験をした。東日本大震災で被災、父、祖父母を亡くし自宅は津波で失った。ロッテ入団の際には「チームで活躍して少しでも地域に貢献したい」と話していた。一家で転居した大船渡市では、「僕が大船渡にくればマスコミもたくさんきて地元にお金が落ちる」とプロ入り後、自主トレーニングを続けてきたにもかかわらず、だ。ちなみに、佐々木の兄・琉希さん、弟・怜希さんも大船渡高校野球部出身である。

 一方の大谷の地元・岩手県奥州市には「大谷翔平選手ふるさと応援団」がある。毎年ボランティアによって「田んぼアート」が作られ、同市の伝統産業会館には、大谷本人から型を取り、南部鉄器の技術を活用した「握手像」がある。

有言実行あるのみ

 陸前高田市の関係者は言う。

「朗希はとにかく野球が上手くなりたいと思うだけの、純朴な子です。しかし、周囲の大人たちの思惑が大きすぎて、いつしか遠い存在になってしまった。何より今回の移籍で、朗希にマイナスのイメージがついてしまったのが残念でなりません」

 大谷とは違い、スッキリしない佐々木のMLB移籍。それを払拭するには佐々木がいう「世界一の投手になります」という思いを有言実行することが手っ取り早い方法だ。高校3年生時、夏の甲子園出場がかかった県大会の決勝で、佐々木は監督の指示もあり、登板を回避。チームは敗れ、物議を醸した。佐々木に批判的な声もあったが、その3年後、NPBで18年ぶりとなる完全試合を達成し、そうした声は静まった。メジャー移籍についての雑音を消すのも、佐々木が今後、メジャーでどれだけ活躍できるのか、その結果いかんにかかっている。

小田義天(おだ・ぎてん) スポーツライター

デイリー新潮編集部

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