「3割が60歳以上」「子どもには勧めない」 消化器外科医が激減! がん患者が行き場を失う未来も

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インセンティブが必要

「若い頃は、自分が労働者であるという意識は希薄でした。患者さんの容態が悪かったら病院に張りついているのが当たり前で、何時間働いても気にすべきではないとも思っていました。しかし時代は変わりました。当時と同じ意識を持てなどと、今の若い世代には言えません」

 そう語るのは、群馬大学医学部長で日本消化器外科学会の調(しらべ)憲理事長だ。30代で将来を悲観し、外科医をやめようと思った時期もあったという調理事長は、40歳未満の消化器外科医を支援する「Under 40委員会」(U-40)を立ち上げるなど、若手の「離脱」を防ぐべく力を注いできた。

「21年に理事を拝命したのを機に調べたところ、学会の会員数が減少し、高齢化が進んでいることが分かりました。外科医として豊かな人生を送れるように、若手を支援する必要性を痛感したのです」(同)

 U-40では、仕事上の悩みを共有して改善策を考えたり、最新の手術について学ぶといった活動を展開したりしているという。だが、こうした自助努力ではいかんともし難いのが金銭面の不満である。事実、前出のアンケートでは「最も不満に思うこと」として、44.3%の回答者が「給与」を挙げているのだ。

 広島大学病院消化器・移植外科の黒田慎太郎医師は、実績に合わせて収入を変動させる「インセンティブ」の必要性を訴える。インセンティブとはモチベーションを上げるきっかけとなる評価方法で、多くの場合、金銭的報酬を指す。現在、病院が手術件数などの施設要件を満たせば休日、深夜、時間外の緊急手術には診療報酬の点数が加算される。また、予定された手術の場合でも命に関わる高難度手術については診療報酬の点数が高く設定されている。ところがこの「上乗せ」分は、病院の収益になるだけだ。

「消化器外科医の減少を食い止めるためにも、実際に手術を行う医師に対して、インセンティブ手当があってしかるべきだと思います」(黒田医師)

「際限なくお金が欲しいわけではない」

 また、手術支援ロボットによる胃切除などを専門とする名古屋大学医学部の田中千恵准教授は、

「決して、際限なくお金が欲しいと言っているわけではありません」

 そう前置きしながらも、

「自分たちの働きぶりを認めてほしい、評価してほしいという気持ちが、今回のアンケート結果には如実に表れていると思います」

 一般にどんな職業分野でも専門知識が深いほど、あるいは責任が重いほど給与水準は高い。消化器外科医は専門知識の深さ、責任の重さにおいて突出している上、労働時間も圧倒的に長い。にもかかわらず給与水準は他の科と同じなのだから、不満が噴出するのは無理からぬ話である。

「皆、強い使命感と献身の気持ちはあります。一方で、現在労働力が減って負担が増していることもあって、持続可能な状態とはいえないと思います」

“がん多死時代”を目前に、田中准教授はそう慨嘆する。やりがいを保てるような、待遇の改善こそが急務なのである。

緑 慎也(みどり・しんや)
科学ジャーナリスト。1976年大阪府生まれ。 出版社勤務後にフリーとなり、科学技術などをテーマに取材・執筆活動を行う。著書に『13歳からのサイエンス』(ポプラ新書)、『認知症の新しい常識』(新潮新書)、『山中伸弥先生に、人生とiPS細胞について聞いてみた』(共著、講談社)など。

週刊新潮 2024年11月14日号掲載

特別読物「ブラック・ジャックがいなくなる 3割が60歳以上という絶望職場 『消化器外科医』激減で『がん患者』が行き場を失う」より

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