吉田拓郎に“俺に歌わせろ”――泉谷しげるが「イメージの詩」をカバー 48年ぶりの古巣からリリースのワケ

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この会社を盛り上げてやりたい

 そして企画されたのが今回のセルフカバーアルバムだった。

「(後藤社長から)フォーライフが設立50周年と聞いた時……。そりゃ、あの時は確かに俺も設立に関わってきたけど、そんなことよりも、やっぱり、この会社を盛り上げてやりたいじゃないか」

 設立メンバーだったのにも関わらず、僅か2年で“離脱”していった泉谷が、48年経ち、今度は真っ先に戻ってきたことになる。それだけに、アルバム収録曲にも泉谷なりのこだわりが見え隠れする。

「(フォーライフをやめてからも)全国をライブで回っているが、当時の曲を現在のボーカルで聴きたいっていうファンが多いんだよ。だったら、そういった曲を改めて歌うのもいいだろうって思ったわけだ。最近はセルフカバーというのも需要があるみたいだしな。要は、これまで俺が全国のライブハウスを回って、ファンやスタッフから聞きとった中から6曲を厳選し、76歳の俺が歌い直そうというわけだ。ま、俺にとってはライブから生まれた楽曲だってことさ」

 振り返れば、フォーライフの第一弾として出したのも、ライブ・アルバム「ライブ!!泉谷~王様たちの夜~」だった。ライブで収録した音源を、そのまま落とし込んだだけのものだったが、これも泉谷のライブに対する拘りなのかもしれない。

なぜ「イメージの詩」なのか

 今回のアルバムの現時点で決定している収録曲は、アルバムのために書き下ろした「怪物」と「たった一人の熱き思い」を含む全9曲だという。

「『怪物』は8分近くもあって俺にとっては大作だからな、聞き応えあると思う。それに今回はミュージック・ビデオっていうのも作る予定だしな、今まで以上に力が入っていることを見せたい」。

 そして「フォーライフで出すんだったら」と、自らの作品ではないが、あえて収録曲に選んだのが、1970年に発売された吉田拓郎のデビュー曲「イメージの詩」だった。

♪これこそはと 信じれるものが この世にあるだろうか
信じるものが あったとしても、信じないそぶり…

 泉谷からの提言に、後藤社長も「自分も拓郎との出会いも『イメージの詩』だったから、今回のアルバムで収録したいと告げられた時は感慨深かった」と言う。

 泉谷によると、

「もう30年ぐらい前になるんだけど、神戸で阪神淡路大震災のチャリティライブをスーパーバンドでやったことがあって(95年8月12日開催)。その時にハマショー(浜田省吾)が、この曲を歌ったんだけど、それが本当にカッコよかったんだよ。それ以来だな。『この曲を俺も歌いたい』って思っていて、ずっと、その機会を狙っていたんだ。それで今回、この曲を歌おうって思ったわけさ。拓郎に『俺にカバーさせろ』って言ったら、すぐにOKが出たけど、歌詞は“自分バージョン”で歌っているから、そこんところはヨロシク」。

拓郎は「いいやつ」

 もっとも、泉谷自身にフォーライフを辞める時の拓郎に対する負い目があり、この選曲につながったのかもしれない。

「俺がフォーライフを辞めると言った時、もちろん話し合ったんだけど、その時に必死に止めたのが吉田拓郎だったからね。必死に止めてくれた。正直言って、こいつはいいやつだなと思ったよ。俺も……、もちろん気持ちの中では応えてあげたかったけどね。だけど社長になっちゃったら話が違っちゃうからな(吉田拓郎は77年に社長に就任した)。今、振り返ると、俺はおそらく怖かったのだと思う。やっぱり、自分の好きな人に失望していくのが嫌だったのだろうと思う」

 と、今だから語れる心情も明かしていた。

渡邉裕二(わたなべ・ゆうじ)
芸能ジャーナリスト

デイリー新潮編集部

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