吉田拓郎に“俺に歌わせろ”――泉谷しげるが「イメージの詩」をカバー 48年ぶりの古巣からリリースのワケ
シンガーソングライターで俳優の泉谷しげる(76)が、盟友・吉田拓郎(78)のデビュー曲「イメージの詩」をカバーすることになった。来年2月12日に発売するアルバム「シン・セルフカバーズ“怪物”」に収録される。
泉谷が拓郎の作品を歌いCD化するのは初。しかも発売元は泉谷の古巣のフォーライフで、同社からアルバムをリリースするのは48年ぶりとなる。「以前からこの曲を歌いたかった」という本人に話を聞いた。
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【貴重ショット】30年前に泉谷がステージに立った「吉田拓郎」とのチャリティーコンサート ほか
フォーライフ・レコードは「私たちに音楽の流れを変えることができるでしょうか」を合言葉に小室等、吉田拓郎、井上陽水、そして泉谷の4人によって1975年に設立された。泉谷は当時から、その荒々しいギターテクニックと独創的な表現でコアなファンを集めていた。小室や拓郎は、そんな泉谷を巻き込んでこそ「新しいレコード会社を作る意味がある」と考えたという。
「アーティストがレコード会社を作ろうなんて最初は冗談かと思った。考えられないことだったからね。そもそも当時、売れていたのは小室さんや拓郎、陽水だったし、作りたいなら3人でいいじゃんって思ったりしたけど、そこはね、“(泉谷が)重要だ”って言われて誘われたことは嬉しかったからな、どんな冗談でも乗ってみようかって思ったわけだよ」
と、泉谷は当時を振り返る。
だが、新しいレコード会社の設立は容易ではなかった。業界内からは「既成の音楽業界に叩きつけた宣戦布告」と猛烈な批判を浴びた。その一方では「ミュージシャンのミュージシャンによるミュージシャンのためのレコード会社」とも評され、メディアは「100億円の旗揚げ」などと書き立てた。
しかし、設立から2年後の77年に泉谷が退社し、その後、拓郎(99年)と陽水(2013年)も抜けてしまう。小室だけが「設立した者としての責任もある。最後まで見守り続けたい」と、現在は幅広く活動をしている状況だ。
なぜ48年ぶりに帰ってきた?
泉谷は当時を「1年目は楽しかったが、2年目からは段々、居心地の悪さを感じちゃったんだよね」と苦笑いしながら振り返る。自由を求めて設立メンバーに加わったものの、現実は違っていたということかもしれない。
「要は、アーティストになりたかったんだろうね。つまりアーティストというのは職人だから、あれも作りたい、これも作りたいとなる。そう思っているうちに、いつの間にか『こんなこと(設立メンバーとしての会社の運営)をしていていいのか』って思うようになってしまった」。
それから48年の月日が経った今、泉谷が再びフォーライフに戻ってくることになった。
キッカケは「去年のある日、都内のライブ会場で後藤さん(豊=フォーライフ・レコード副社長、現フォーライフミュージックエンタテイメント社長)と偶然出会ったことだった」という。その際に(後藤社長から)「何か、手伝えないか」「一緒にやれることはないか」と言われた。今年に入って何度か会って話していくうちに「段々と後藤さんの男気に共鳴してな。で、改めて一緒にやりたいって思うようになった」。
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