89歳の作業員が“事故死”の衝撃…「65歳以上の働き手が4分の1」を占める建設業界の深刻すぎる“高齢化”

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建設業の労働災害

 こうした現場の高齢化が進むと懸念されるのが「労働災害」だ。令和5年に労働災害が起きた業種を見てみると、建設業における労働災害での死亡者数の割合は主要ブルーカラーのなかでも最も多い。

 建設業の現場には、いわずもがな資材や重機、工具などといった「重量物」や「危険物」が多く存在している。そのため作業員には、体力だけでなく、危険が迫った時のとっさの判断力や反射神経が必要になることは想像に難くないだろう。

 当然個人差はあれど、たとえ元気なベテラン作業員であっても、こうした現場能力が若手に勝ることはほぼあり得ない。

 実際、厚生労働省が発表した令和5年資料(高年齢労働者の労働災害発生状況)によると、60歳以上の労働災害による事故発生件数はどのケースも20代と比べて高く、特に「墜落・転落」事故においてはその差が約3.6倍もあるとのこと。

 ただでさえこれほど危険な現場に、感覚や体力の衰えた高齢者が増え続ければ、こうした死傷者数は増える可能性があるのだ。

セーフティネット化する現場

 先の89歳による死亡事故の報道に対しては、

「死ぬまで働き続ける未来。明日は我が身と思うとゾッとする」
「年金だけでは生きられないのが日本の現実」

 という声が多く上がる一方、

「89歳でも仕事に生きがいを感じていたかもしれないじゃないか」
「認知症防止としても仕事は体が動く限り続けたい」

 という声も聞かれた。当然、定年を迎えた後も働き続けたいと思う労働者は多いだろう。かく言う筆者もそのひとりだ。

 しかし、ブルーカラーの現場は、生きがいを感じていればいつまでも仕事ができるほど穏やかな環境でも、認知症の防止のために役立つ ような環境でもない。

 ある建設会社の経営者はこう話す。

「89歳の作業員はかなりレアだと思います。労力としてもやはり劣ります。警備員は高齢の方もいますが、それでも80歳以上は滅多に聞きません」

 また、別の建築業界経験者からもこんな言葉が聞かれた。

「建築現場は、不整地、不陸、段差などが存在し、作業上の移動すら危険なところだらけ。高齢者の場合、少しの段差でもつまずき骨折する恐れが高い。どんな業務であれ、89歳の作業員が建築現場の労働で得るのは 、賃金などのメリットよりも怪我などによるリスクのほうが極めて大きい」

 89歳の従業員に対して「生きがいを感じていたのでは」と言える人たちはおそらく、上皇や上皇后とほぼ同じ年代の労働者が、危険な重機や機械が至る所に存在する現場で、かつ従業員という誰かの指示のもと仕事をする現実を想像できない人なのだと思う。

 万一、本当に生きがいを感じていたのだとして、その現場で亡くなることほど、皮肉なものはない。

 高齢化が加速する昨今、国は「生涯現役」を謳い、「高齢者でも“働ける”」政策を積極的に進めているが、それと「高齢者でも“働かなければならない”」とは線引きを明確にする必要がある。

 特にこうして肉体を酷使する仕事であるにもかかわらず、年金だけでは生活できない人たちのセーフティネットにすらなっているブルーカラーの現場においては、高齢労働者の救済こそ、現場の労働災害を減らす最大の近道な気がするのだ。

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