テレビ局特派員は「トランプ圧勝」をなぜ予測できなかったのか 「高級レストランで取材」「家も車も会社持ち」では“リアルなアメリカ”はわからない
支局長が熱心に書いていたのは「稟議書」
取材には時間とお金がかかる。大統領選挙では2月の予備選挙から夏の党大会、そして9月からの本選挙と全米のあらゆる場所を1年がかりで取材する。しかし特派員はインフレ、円安の二重苦だという。ある局の幹部は「配下の支局長が年をまたぐ前から“インフレで取材費が高騰していて、とてもこの支局予算では大統領選挙の取材はできない。予算の緊急増額措置が不可避だ”として特別予算の必要性を繰り返し要求してきて大変だった」と愚痴交じりに話す。別の特派員は「うちの支局長は書いた原稿の枚数よりも稟議書の枚数の方が多い。金勘定ばかりして何のために支局にいるのかと現場特派員たちは不満たらたらだった」と打ち明ける。本来であれば取材活動に邁進するはずの特派員が、内向きな会社業務に時間を割く組織構造になっている。
ある局の支局長会議では「アメリカのホテルは高い、規定額ではとても宿泊できない」
と悲鳴があがったという。しかし大都市を少し離れた郊外には日本では知られていないモーテルチェーンが多数展開している。モーテルとは日本でいえば車で入るビジネスホテルだ。いかがわしいものではない。広めの部屋と大きなベッド、そしてシャワー、トイレ、小さな机が備えられている。取材で夜寝る分には何も困らない。家族経営のモーテルもあり、話好きなオーナーから取材もできる。1泊100ドルもしないし、ハンバーガー店やコインランドリーが併設されているケースも多かった。庶民のアメリカを体感できる場所だ。大都市の高級ホテルを渡り歩く取材ではなく、ハイウェイを走り庶民目線でインフレをしのげる取材こそ必要なのだ。
特派員の特権的な生活とは?
特派員とはどこの局も給与とは別に「特派員手当」と称したドル建ての手当てが現地の銀行口座に入金される。局によって異なるが、結構な額になることが多い。「特派員手当」で生活し、日本の口座に入る本給はそのまま手つかず。単身者の場合には現地口座にドルを多く蓄えて帰国をした者も少なくない。かつては「特派員になれば家が買える」と言われたのはこのような理由だ。
現在は歴史的な円安水準ということで「特派員が好待遇というのは昔の話だ。いまや貯金を取り崩して生活している」とよく耳にする。ある特派員経験者も「このままでは特派員は生活ができないので、手当の増額を本社に陳情した」という。しかしニューヨークやワシントンDC中心部の数十万円はする住居はもちろん会社負担である。アメリカでは運転手が付くか、付かない場合には自ら運転することにはなるものの、車は支局の経費で維持されている。特にアメリカ駐在の場合には子弟を帯同させているケースが多く、平日は現地校に入れて、バイリンガルに育成しようとする特派員も多い。これに対しては会社都合の転勤であるという理由から「教育手当」として学校の授業料が払われる局も多い。教育熱心な特派員たちは、日本に戻ってから困らないように日本語学校や受験の予備校とのいわゆるダブルスクールを選ぶこともある。円安で生活に困窮しているというより、高い水準の教育にお金をかけられる恵まれた生活にみえる。加えてある局では妻子の一時帰国や、特派員自身の健康診断のための一時帰国の費用なども会社負担であるという。特派員はやはり恵まれていると言えるのは間違いない。
エリート特派員のその後
日本に帰国してからはデスクや解説委員といったポジションを得て、部長への道を走ろうとする。もちろんその先の役員を目指す者もいる。これを見越して一時帰国のたびにお土産を山のように運び、幹部に配り歩いて、帰国後のポストの陳情をしている特派員も少なくないという。本社から海外出張に来た幹部を自宅に招き、家族ぐるみで歓待することに熱心な特派員もいるそうだ。「会社員」としての特派員である限り、アメリカの草の根が見える取材はできず、予測は当たらない。
テレビ局が「トランプ圧勝」を見誤ったのは、必然と言えるのだ。
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