「世界に類を見ない投手になりたい」 山本由伸が語っていた大いなる野心

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「やり投げだけをしてピッチングが良くなることでもない」

 野球の教則本には変化球の握り方が解説されているが、ボールを同じように持てば誰もが投げられるわけではない。投球メカニクスにおける体の使い方や、ボールをどう離すかが影響してくる。加えて山本が言うように体の特徴によっても変化の仕方は変わるので、どんなトレーニングをするかも関わってくる。

 以上の意味合いも含め、山本に欠かせない練習がやり投げだ。といっても、陸上競技のやりを投げるわけではない。以前は、やり投げの導入として開発されたジャベリックスローのターボジャブという重さ300g、長さ70cmの器具を投げていた。現在はフレーチャという、重さ400g、長さ73.5cmの器具を使用している。

 フレーチャは肘に頼って投げるとうまく飛ばず、体全体で投げる感覚を養えることが特徴にある。山本の練習法として知られるようになったが、フレーチャを投げる目的は他にもある。

「例えば『やりを乗せる感覚』って言われてもピンとこない人もいると思うんですけど、そういった感覚を養うとか。やりを乗せるためには何が必要かとか、そういった感覚の練習はありますね。ただやりを投げても多少は良くなると思いますけど、やり投げだけをしてピッチングが良くなることでもないですし。正しくやらないと、効果も最大限には出ないと思います」

 山本は、硬式球の重心がどこにあるかも感じられるという。自分の体を思うように動かすには重心を把握する必要があるのと同じで、ボールの芯をどのように扱えばいいかと考えることで自分が意図したように投げられるのだ。

「とにかく一番いい球を投げたい」

 こうした取り組みの先に見据えるのが、「世界に類を見ないピッチャー」である。

 現在、世界最高の投手は誰かと聞かれたら、野球ファンの答えは満場一致に近いだろう

 2022年シーズン終了後、5年総額約250億円でテキサス・レンジャーズと契約したジェイコブ・デグロム。

 2021年に投じたストレートの平均球速は159.6km/hで、最速164.2km/h。スライダーとチェンジアップは平均約147km/hの速さを誇り、どの球種も抜群の制球力だ。2018年から2年続けてサイ・ヤング賞に輝いている。同年は217イニングを投げて防御率1.70という脅威的な数字を残したアメリカ人投手だ。

 同じ右腕投手である山本は、デグロムをどのように見ているのか。

「化けもんだなと思います。スピードもすごいですし、何かボールも普通じゃないじゃないですか。すごいなっていうか、こんな球を投げる人がいるんだっていう感じです」

 身長193cmのデグロムは左足を大きく踏み出し、上半身を柔らかく倒しながら、どれだけボールに勢いを伝えられるかという体の使い方が特徴だ。その意味では、山本の投げ方と通じるところがある。

 矢田の見立てによると、異なるのはボールの離し方だ。その点も含め、どうすれば世界トップにいけるかと山本はすでに取り組み始めている。

 現在地を比べれば、デグロムとの距離がかなりあるのは本人も分かっている。体を今より成長させる必要があり、世界最高峰に挑むのはもう少し時間がかかる話だ。

 だが、いつか自分もその領域に到達したい。山本がそう考える理由は単純明快だ。

「僕は本当に負けず嫌いなので。やっぱり一番いいボールを投げたいし、自分よりすごい人がたくさんいるから、その人たちにはもちろん負けたくないし。とにかく一番いい球を投げたいです」

 一番いい球とは、どんなボールのことだろうか。

「どうでしょう。分からないですね(笑)」

 速い球か、あるいは強い球か。

「一番打たれない球ですね」

 まだ具体的には言えないが、頭の中ではイメージできている。だからこそマウンドで投じられるようになるまで、時間をかけてつくり上げていくつもりだ。(敬称略)

 ***

 山本投手の「一番打たれない球」に磨きがかかることに期待する人は多いことだろう。
その独特のフォームが生まれたきっかけについては関連記事(“新人”山本由伸のフォームチェンジに立ち会い「おお」と思わず口にした日本人大打者)に詳しい。

中島大輔:1979年埼玉県生まれ。上智大学卒。スポーツ・ノンフィクション作家。著書『中南米野球はなぜ強いのか』で第28回ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。他の著書に『野球消滅』『プロ野球 FA宣言の闇』など。プロからアマチュアまで野球界を広く取材している。

デイリー新潮編集部

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