「ウエイトトレーニングを一切しない」山本由伸は、なぜ大投手になれたのか? 才能を開花させた“常識外れ”の練習法とは

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「柔らかさじゃなくて、強さを鍛えている」

 本稿で矢田の神髄を少しでも伝える上で、イメージしやすいのがブリッジだろう。前述した「5B」の一つでもある。山本が最優秀防御率を獲得した高卒3年目の2019年、SNSで拡散された動画を見た人も多いはずだ。ブリッジをしながら手足を動かして360度回転していく様子は、「柔らかい」というファンの反響を呼んだ。

 山本によると、体の柔らかさは先天的ではないという。1年目のオフに「結構頑張って」、ブリッジの応用までできるようになった。

 興味深いのは、柔らかさを求めてブリッジをしているわけではないことだ。

「柔らかさに見えて、強さというか。例えばブリッジの練習も、あの映像を見た人は『体が柔らかいね』ってみんな、絶対言うんですよね。でも本当に鍛えているのは柔らかさじゃなくて、強さを鍛えているんです」

 山本が投手として追い求めるものは、ボールの速さや制球力だ。体の柔軟性ではない。

 逆に言うと、体を柔らかく使えるようになることがボールの速さや制球力につながっていく。自分の思うように体を動かせるようになれば、強い力を発揮して速い球を投げたり、動作の再現性を高めてコントロールを向上させたりすることに結び付くからだ。

「5B」もそこに通じている。その一つである「ボウル」は「ケアディスク」と言われる器具で、半球に三つの円が重なった形のくぼみがあるものを使用する。ケアディスクの上に乗って開脚を行うが、新体操選手で体がすごく柔らかい子でも、器具の上ではできなくなる場合があるという。

「ボード」は「リンケージボード」という、長さ約50cm、横幅は片足がちょうど乗るくらいの器具に乗って行う。ポイントは3.6cmという厚さだ。キネティックフォーラムで矢田と一緒に活動する岡田裕貴が説明する。

「なぜ3.6cmかといいますと、大体3cmくらいまでは、人間の体は無意識に(重心を)調整するんですよ。あとギリギリ6mm増えるだけで、『あれ? こっちのほうが高いぞ、低いぞ』って体が気付くんですね。わざと両足に高さの差をつけて、全身の協調性を発揮する。特に骨盤や下腹部に余分な力が入っているとなかなか立てないので、そこを調整する意味でこのボードに乗ってもらいます」

 岡田が言うように、BCエクササイズの目的の一つは動きの中で体の重心を感じながらズレを確認し、修正できるようになることだ。山本や、中学生の頃から矢田に師事する筒香嘉智が野球選手としてパフォーマンスを発揮する上で、その土台になっている。

 山本は高卒1年目オフの自主トレでBCエクササイズに取り組み、どうすればその神髄を投球メカニクスにつなげられるかと追い求めた。そうしてたどり着いたのが、右腕を大きく引き伸ばして投げるような独特の形だ。

 逆に考えるとなぜ、山本はあのように投げているのか。

 意識しているのは、「正しい方向に、自分の体をなるべく大きく使うこと」だ。それができれば速いボールを投げられるようになり、制球力も高められる。

 そうして体を使う上でポイントになるのが、重心をうまくコントロールすることだ。
(敬称略)

 フォームも練習法もこれまでの常識とは異なるアプローチで成果を上げていった山本投手。当然、フォロワーも生むことになるのだが、それについて本人はどう考えていたのだろうか。これについては次回記事で詳しくお伝えする。

中島大輔:1979年埼玉県生まれ。上智大学卒。スポーツ・ノンフィクション作家。著書『中南米野球はなぜ強いのか』で第28回ミズノスポーツライター賞優秀賞を受賞。他の著書に『野球消滅』『プロ野球 FA宣言の闇』など。プロからアマチュアまで野球界を広く取材している。

デイリー新潮編集部

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