「昔ながらのコーチは立場がない状況に」…スマホの普及がアスリート育成を変え、「監督がAIに置き換わる」可能性も【石井光太×為末大】

ライフ

  • ブックマーク

ジムのトレーニングは是か非か

質問 「体づくりに関してですが、いまは昔に比べると、無駄な動きが必要ない時代ではないかと思います。無駄な動きとも思える日常生活の中での動作や動きが、実は体作りに影響を与えていたということがあるんではないかと思います。為末さんは、日常生活の中で、無駄な動作や動きが、実は体作りや空間認識に影響を及ぼすんじゃないかと思われることはおありでしょうか。ぜひ教えてください。」

為末 例えば不整地での歩行ですね。地面がきっちり整地されてない土の上を歩いたり走ったりしていたのはすごく重要な気がします。今は二足歩行ロボットも歩けるようになりましたけど、最初の頃の二足歩行ロボットって、少しでこぼこした地面に行くだけで、転んだりしてたんですよ。地面がどのくらい硬いか柔らかいかわからないところに体重を乗せるという、実はすごく危険なことを我々は自然にやっているんです。足を乗せた瞬間に、地面が柔らかいと感じると、それに合わせて体勢を修正したりするわけですから。

 さらに、走るときは接地時間0.2秒の間に地面を強く踏むか、転ばないためにどう踏むか、などを判断している。私自身が子どもの頃、川で歩くときに川底の状態を想像しながら歩いたというのは、役立った気がしますね。ハードル競技ではその感覚が大事だったと後で感じました。

 私はあまりジムに行かないんですけど、ジムのトレーニングって決まった関節を決まった角度で折り曲げるということをずっと繰り返しますよね。でも人間の体って関節を色々複雑に動かすためにできている。ああいうトレーニングより、畑仕事など、日常動作を活かした方が複雑なトレーニングができるのではないでしょうか。

石井 部活動でも新しい練習を取り込んでいくのは重要でしょうか。

為末 私は社交ダンスをやったことがあるんですね。そしたら、チャチャと言われる動きだけがすごい上手だったんです。なぜかというと、チャチャの動きがハードルの最後の2本を飛ぶときの動きにすごい似てるんですよ。子供の時にいろんな経験をしておくことが別の時に役立つという良い例かなと思います。

石井 社交ダンスとハードル競走に共通点があったとは(笑)。

『熟達論』

書籍を購入する 為末氏の考えがここに(他の写真を見る

人間にしかできないこととは

石井 不規則な動きができると怪我もしにくいですか。

為末 「ジストニア」をご存じでしょうか。ジストニアはどのような理由で起きるかわかっていないのですが、一つの説として単一の動きをずっと繰り返しすぎてそれを避けるようになると起こるというものがあります。同じ動きを繰り返し続けるのは、人間の体だけでなく、機械でもそうですけど、あんまり良くないんだろうなとは思います。

質問 「AIの進展が教育やアスリートの育成にどのような変化を与えると思われるでしょうか」(おふたりへの質問)

為末 AIのインパクトは大きいと思います。AIの開発が進むとトレーニング中に漠然とした勘で判断されていたものが、数値を計測でき、かつ最適解を出してくれることになる。スポーツは現場に選手がいて、コーチがいて、さらに監督がいます。上に上がれば上がるほど、数値化された情報が集まりやすいので、人間の監督がAIに置き換わるんじゃないでしょうか。最初に監督がAIになり、次にコーチがAIになり、プレイヤーだけ最後まで人間である……実は会社の経営もそうなる可能性はあるなと想像しています。数値を基に判断するところは、AIの方が優れているはずで、現場は身体的な感覚が残る世界になる。そんなこともあるかなと思ってます。

 スポーツだけにとらわれずに広く見ると、結局AIの議論は、人間にしかできないことは何か、に尽きると思います。私は、「察する」ということ、人間の感情などを察して相互にコミュニケーションを取ることなんだろうと思っています。

前編「なぜ偏差値の高い学校では『チームスポーツ』が盛んなのか “体育座りができない”“上手に転べない”…運動能力の低下がもたらす子どもたちの危機【石井光太×為末大】」では、「教育現場」「スポーツの現場」の両面から子どもたちの運動能力低下の実態に迫る。

石井光太
1977年、東京都生まれ。海外の最深部に分け入り、その体験を元に『物乞う仏陀』を上梓。斬新な視点と精密な取材、そして読み応えのある筆致でたちまち人気ノンフィクション作家に。近年はノンフィクションだけでなく、小説、児童書、写真集、漫画原作、シナリオなども発表している。主な作品に『絶対貧困』『遺体』『43回の殺意』『「鬼畜」の家』『近親殺人』『こどもホスピスの奇跡』(いずれも新潮社)『本当の貧困の話をしよう』『ルポ 誰が国語力を殺すのか』(ともに文藝春秋)『教育虐待一子供を壊す「教育熱心」な親たち』(ハヤカワ新書)など。最新刊は『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)。

為末大(ためすえ だい)
元陸上選手/Deportare Partners(デポルターレ・パートナーズ)代表
1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2024年10月現在)。現在はスポーツ事業を行うほか、アスリートとしての学びをまとめた近著『熟達論:人はいつまでも学び、成長できる』を通じて、人間の熟達について探求する。その他、主な著作は『Winning Alone』『諦める力』など。

デイリー新潮編集部

前へ 1 2 次へ

[2/2ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。