「昔ながらのコーチは立場がない状況に」…スマホの普及がアスリート育成を変え、「監督がAIに置き換わる」可能性も【石井光太×為末大】
「スマホ」の登場でアスリートの競技力は格段に向上したという。ならば、「AI」が進展したらいかなる変化が訪れるのか。全国各地の学校と先生を取材し、『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』(新潮社)を上梓した作家の石井光太氏と男子400メートルハードルの日本記録保持者で『熟達論』(新潮社)を著した為末大氏との対談。後編では質問に答える形で「教育」「スポーツ」の未来を語り合う。【前後編の後編】
(9月11日に開催された新潮社・本の学校ウェビナー「為末大さんと考える<AI時代の運動能力低下への悲鳴>『ルポ スマホ育児が子どもを壊す』刊行記念オンラインイベント」の内容をもとに記事として再構成しました)
デジタルネイティブの世代の競技力
質問 「スマホの登場によって、アスリートの競技力に変化があったのでしょうか」
為末 結論から言うと、技術的に上手になった選手は多くなったと思います。海外のプロ選手の動画が簡単にみられるようになったのは大きい。それこそ、ダルビッシュ有選手の投げ方を小学生が学ぶことができるわけですよね。
ただ、スマホが登場したのは今のトップ選手が小学校、中学校の頃だと思います。つまり、幼少時からスマホに触った世代ではない。成育した後に情報端末としてスマホに触れているわけで、では生まれた時にスマホがある、デジタルネイティブの世代になるとどう変わってくるのか、これはまだわかりません。
別の変化として、SNSの影響で、選手が外の目を気にすることが増えました。僕らの時は雑な言葉遣いだったんで、なんかもうダメな発言をする先輩もいっぱいいましたけど、今の選手はみんな非の打ちどころのないコメントをしています。
石井 確かにオリンピックの大会での突拍子のない“名言”が出にくくなっている感じがしますね。北京五輪の柔道100キロ超級金メダリスト石井慧の「斉藤先生のプレッシャーに比べたら、もう、屁のツッパリにもなりません。ハイ!」とか(笑)。
為末 スマホの登場で昔ながらのコーチは立場がない状況もあるかもしれません。いまの選手は賢いんです。競技の面でも言葉の面でも。
石井 今後、コーチの役割も変わってくるのでしょうか。
為末 これは鋭いご指摘です。例えば、ダルビッシュ選手の投げ方を見て、前田健太選手や大谷翔平選手のピッチング動画を見た場合、この3つを融合すると逆に競技力が低下するという現象もあるんですよ。
要するにこの3選手はそれぞれがまとまりを持った投手としての完成形ですよね。技術の向上はある程度までは万人に共通の普遍性を帯びるんですが、そこを突き抜けると、今度は個別性が強くなる。「らしさ」が出てくるんです。この「らしさ」を成長過程の選手が真似すると、吸収できずに逆効果になる。
だから、いまのコーチの役割は情報を整理することなんです。「今はとにかくこの練習に集中して」というような役割が大事な気がします。最近はそういうことができなくてダメになってしまっている選手もいるのではないでしょうか。憧れの選手の良いところをつまみ食いしすぎてしまう、ということですね。私の『熟達論』は、情報がこれだけ膨大になって、選手たちが迷っている様子をイメージして書きました。
石井 正反対のことをやれ、といわれることがあると書かれていますね。
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