なぜ偏差値の高い学校では「チームスポーツ」が盛んなのか “体育座りができない”“上手に転べない”…運動能力の低下がもたらす子どもたちの危機【石井光太×為末大】

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嫌いであっても人間関係を培う

石井 体力の低下という視点で強く感じるのが、二極化の問題ですね。かつて学力的に低い高校は運動部が盛んで、高い高校はそうではなかったといったことがありましたよね。しかし、今はそれが逆になりつつあります。

 たとえば「底辺校」「教育困難校」と呼ばれる高校には、低所得層や不登校の子供がたくさんいます。学校によっては8割くらいが不登校経験者ということもある。そういう学校の子供は運動能力がとても低くなっていて、運動部はもちろん、体育の授業すら成り立たなくなっています。

 他方、学力レベルの高い高校の生徒たちは、幼い頃からいろんな習い事をさせてもらっているので、それなりに運動能力が高い。昨年の甲子園で優勝した慶應義塾高校がその例ですが、文武両道が当たり前になりつつあります。

為末 私もよく脳が筋肉でできていると言われることがありましたが(笑)、このスポーツの世界の文化にも結構どっぷり染まっていたんで、おっしゃっていることはわからなくもないです。一方で、この年齢になって、スポーツをしていてどういう影響が大きかったかというと、毎朝シャキッと起きて1日フルに動くっていうのがなんとなく習慣化されるんですよ。それにチームスポーツだと、野球部でも10人とかしかいないとか、ラグビー部で人数がギリギリとかだったりすると、どんな嫌いな同級生がいても「こいつがいなくなるとチームが組めない」からと、なんとかそいつを抱えていけるようにする。そういう人間関係ですよね。そこは大きな学びがあったような気がしています。

石井 ちょっと話は変わりますが、取材の中ですごくショックだったのが、今の子どもたちがなかなか体を動かす機会がないということでした。その象徴が、この本にも書いた「ハイハイをしたことがない赤ちゃん」が増えているという事実です。

為末 本にありますね。

石井 例えば親が多忙で、部屋が狭いとなると、赤ちゃんが勝手にどこかに行って怪我しないように、ベルト付きの椅子に赤ちゃんを座らせてスマホを見せつづけます。あるいは、赤ちゃん用の歩行器。歩行器に赤ちゃんを入れて歩かせる分には、壁にぶつかっても、歩行器のテーブルがぶつかるだけで怪我しないですよね。さらに部屋の床には転倒しても大丈夫なようにコルクを敷いています。コルクを敷かれると滑らないので、逆にハイハイがしにくくなるらしいんですよ。

 ハイハイは、結局バランスを取るためにも、体幹を鍛えるにも、ものすごく重要なんです。それをやらずに成長してしまうと、きちんと歩く体力・バランスが培われないわけですよね。すると、成長してから普通に歩いてても転んでしまうとか、走れない、スキップができないという現象が起きる。現場ではそれは当たり前になってるんだけども、データでは可視化されにくい問題になっています。

 これは為末さんにお聞きしたいところでもあるんですが、子供たちはコロナ禍以降も、社会の空気感として人と関わっちゃいけないとされてきていますよね。思いっきり外を走り回って、楽しんで、ギャーギャー言って、今日は楽しかったっていう体験が少なくなっている。外遊びで育まれる体力や非認知能力といったベースになるというものがなくなって、スポーツをさせたいと思っても、結局習い事をやらせるしかなくなってきますよね。

『熟達論』

書籍を購入する 為末氏の考えがここに(他の写真を見る

怪我をさせたら保育園の責任

為末 その場合、家庭の経済力などで習わせるスポーツに差が出ますね。

石井 遊びで無条件に体を動かすことと初めから型にはめられて体を動かすことは全然違いますよね。そういった問題もおそらくあるだろうなと強く感じました。

為末 子どもってシステムとして見ると面白くて、頭でっかちで、よちよち歩きなんですけど、頭の位置が低い間に転ぶと、転倒した時のダメージが小さいんで、効率がいいんです。だからある年齢までに転ぶ経験をするのが重要だと言われていて、転び方の練習にもなる。最近だと、小中学生のハードルの練習で転び方がちょっとドキッとすることが増えているかもしれません。もっと小さい時に転んで、頭さえ守れば転ぶことって大したダメージはないんですが、そういう経験が昔に比べて少なくなっているのかもなと。

石井 いまは、保育園でも怪我をさせてしまうと保育園の責任になる。だから、転ばせないようにしようとか、危険なことはやめようとなる。

為末 成長した後でも走り方のフォームを教えるとかはできるんですけど、体の部位を反射的に動かすことというのは、教える類のものではないんですよね。ちょっと危ないかもしれない、怪我しちゃうかもしれない、でもやらせてみようというような段階に、運動能力や体力向上の鍵が詰まっているんだと思います。だから、本当に安全ばかりに配慮してしまうと、逆に体力面で将来が不安定になってしまうという矛盾がありそうです。

石井 昔は良かったとか、そういうことではなくて、家庭によってまったくやらせないところと、逆に意識していろんなことに挑戦させるところとに分かれつつあるように思います。統計として平均したら、そんなに変わらないのかもしれませんが、家庭によって二極化が進んでいる印象を受けます。小さい時に運動をしていた場合と成長してから始めた子というのは、運動能力的に違うものなのでしょうか。

為末 これは如実に違いますね。1番わかりやすいのは、日常動作から遠いスポーツであるものほど開始年齢が早い方が有利なんですよ。日常動作を含んでいる競技は、例えば陸上が最たるものですが、陸上は18歳から始めてもオリンピアンになったり、金メダリストになったりする。でも卓球となると、もう日常の動作とかけ離れていますよね。だから6歳から始めても遅いという感覚です。

石井 平野美宇選手や福原愛さんなど、幼少期の映像をよく見ましたよね。

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