「マイナス20度」で朝食を作ったら“予想外の大ピンチ”に…「南極料理人」が明かす「極限体験」365日

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 南極観測隊でこの4月まで1年間、調理人として勤務した中川潤さん(41)。前編では、南極に向かうまでの苦労、そして極限空間で隊員28名の胃袋を満足させた体験談について詳述した。後編では、やがて訪れた厳しい冬、そして隊員同士の人間関係について記す。
【西牟田靖/ノンフィクション作家】【前後編の後編】

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閉鎖空間での人間関係

 宇宙船の中での生活を描いたSFや、無人島に大人数で取り残されたサバイバルなど、閉鎖空間を描いた映画を見ていると、仲間同士で恋が芽生えたり、仲間割れして対立する様子が描かれたりしがちだ。同様に閉鎖空間である昭和基地。前編で述べたように、隊員28名は、試験では能力以上に協調性や危機管理能力を見られ、ふるいにかけられて選ばれている。それでも人間なのだから、対立関係に陥るのは十分にあり得ることかもしれない。しかも28人中5人が女性。大人の男女が閉鎖された空間で暮らしているのだ。恋愛関係が生じても不思議ではないのではないか?

 中川さんは言う。

「過去には、隊員同士で交際して、後に結婚された方もいらっしゃったと聞いているので、隊によっては、付き合っていた人がいたというのは間違いありません。もしかするとトラブルに発展したケースが過去にあったかもしれませんが、よくは存じ上げません。私たちの隊については感知していないのでよくわかりません。少なくともトラブルはありませんでした」

 実際、連日の業務に多忙だろうし、プライベートの確保が難しい。そのため、そもそも深い関係にはなりにくいのかも知れない。万一、女性隊員が妊娠してしまうと大変だ。医務室はあるといっても、医師は2人だけで、行える施術は簡単なもののみ。当然、出産はできない。極地研のサイトによれば、南極に到着し、観測船「しらせ」が日本に帰る前に女性隊員には妊娠検査を行い、陽性ならば、そのまま帰国が命令されることもあるという。

過去には揉め事も

 第64次隊での人間関係はどうだったのだろうか。

「ベテラン隊員がうまく引っ張っていたし、それを若い隊員たちが素直に聞いて従っていましたから。比較的大人の人が多くて仲良くまとまった隊だったという評判です。経験者の人が締めるところをしっかり締めてくれたというのが大きかった。だから隊としてはうまくいったんですよ」

 過去に揉めたケースもあったのだろうか。調べてみると、過去には、調理担当同士が揉めたこともあったようだ。共有している食材を巡って「勝手に使われた」というのが原因、積み重ねた経験とこだわりがあるがゆえに、もめたのだ。

 中川さんと相方調理人の長谷川雄一隊員、そしてその他の隊員との関係は良好だった。

「うちの隊は相方さんが何度も来ている経験者だったので、上下関係がしっかりありました。“中川君が好きにやったらいいよ”と言って私の意見を尊重してくれつつも、アドバイスもしてくれましたから」

 中川さんはそう振り返るが、彼の誰とでも壁を作らない、協調的な姿勢があっての円満な関係だったのではないだろうか。事実、彼は帰りの「しらせ」で、次のように隊長から声をかけられた。

「“中川くんが大人でよかった”と言われたんです。あのときは嬉しかった」

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