「昭恵さんが“2年前のあの出来事”について話し始め…」 崖っぷちの萩生田光一氏がすがる安倍元首相の威光
「裏金、裏金と言われて、本当に心痛んでいます」
こうして会場の熱量もぐっと高まったところで、萩生田氏の話が始まったのである。本誌(「週刊新潮」)が入手した当日の音声データを基に一部を再現しよう。
まず、冒頭付近で、
「一度は応援に行くよと言った大臣たちは、党から止められて誰も来ない。そんな状況の中で、見るに見かねて八王子まで駆け付けていただいた奥様の、心からの愛情に本当に感謝を申し上げたいと思います」
と“孤立無援”感を演出して昭恵夫人への感謝を述べたのだった。とはいえ、裏金問題については、
「あたかも責任者のようにマスコミに非難されたのですが、実は安倍総理がこの仕組みをやめようって声をかけた時には(私は)まだ幹部でもなんでもなかったんです」
などと、自らの2728万円に及ぶ不記載については棚に上げ、責任逃れを重ねる始末。加えて、
「とにかく裏金、裏金と言われて、本当に心痛んでいますけど(自分が)まいた種です。しっかり襟を正して、やり直していきたい」
2年前の“あの出来事”
被害者のようなもの言いで、支援者の同情を買おうとしたようだ。が、昭恵夫人の口から語られたのは2年前のあの出来事。
「ふだんは出かけることが多いのですが、なぜかその日は朝からすごい勢いで掃除をしていた。もう洗濯機の中まで掃除をしていて、汗だくになって、11時くらいに安倍の母のところへ行って、そろそろお昼でも食べましょうかと言っていた時に、秘書の人から電話があって……」
銃撃後の安倍氏が搬送された奈良県の病院に駆け付けるも間に合わず、
「朝、行ってらっしゃいと言って元気に出て行って、そのまま帰ってくることがないなんて、本当に夢にも思っていなかった」
声を詰まらせて語り、こう締めくくった。
「主人は亡くなってしまいましたけれど、萩生田先生は、その分までもっともっと活躍していただきたい」
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