「ごめん。キャンセルでお願い」 注目エッセイ集『死なれちゃったあとで』の著者が経験した、思わず人生を後押しされた「屈辱」とは

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3年間はほぼ無職

 2024年刊行のエッセイ集『死なれちゃったあとで』が話題の編集者・ライター、前田隆弘さん。いまから17年前、彼が地元の福岡を離れ東京に出てきたのは、とある一本の電話がきっかけだという。故郷を「捨てる」ことを決意させた、その言葉とは。

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 上京して今年で17年。今は編集やライターの仕事をしながら生活している。たまに他人(ひと)から「やっぱり夢を実現するために上京したんですか?」と言われることがあるのだが、実際はもうちょっとカッコ悪い理由で、「もう地元にはいられない」と思ったから、というのが正解である。

 ちょうど20年前、地元の福岡で勤めていた会社を退職した。次の仕事のあてなどない。「とにかくこの環境から逃れたい」という一心での退職だった。失業手当をもらいながらふらふら生活したあと、「好きで続けられそうな仕事に就こう」と思い、フリーランスのライターになった。何の経験もツテもないのに。当然、ほとんど仕事は来なかった。売り込み営業をしたこともあるが、さんざんバカにされて終わった(以降、売り込みをしたことはない)。先に挙げた数字で気付いた人もいるだろうが、20引く17は3。つまり3年間、ライターとは名ばかりで、四捨五入したら無職みたいな状態が続いたわけである。

「あー、キャンセルでお願い」

 その3年目。取材依頼の電話がかかってきた。ある映画監督が新作の舞台あいさつで福岡にやってくるので、インタビューをお願いしたい、とのこと。「急で申し訳ないけど、明日なんよ。大丈夫?」「大丈夫です、やります!」即レスで引き受けたあと、大急ぎで作品の情報収集をしていたら、1時間もたたないうちにさっきの人からまた電話がかかってきた。

「あー、ごめん。さっきの件、“ちゃんとしたライター”が見つかったから、キャンセルでお願い」

 電話を切ったあと、本当にしばらく動けなかった。理由は書くまでもないだろう。その瞬間、決めてしまった。

 福岡を捨てよう。

 それまでにも屈辱は少しずつ蓄積されてはいた。それがこの一件で、一気に限界値を超えてしまった。それくらい決定的な屈辱だった。その翌年、上京することになる。

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