「父の姿を見ていて、与党の方がいいと…」 元ミス日本で松野頼久氏の娘・未佳氏が自民党を選んだ理由 

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「前向きなお返事だったのに……」

「裏金議員」の処遇問題で揺れに揺れた自民党は単独過半数割れの“大敗”。「公明」と「維新」が苦戦し、「立憲」が善戦――。10月27日投開票の総選挙、公示を機に「選挙のプロ」が行った完全シミュレーション。そして選挙後、石破茂首相を待ち受ける未来やいかに。【前後編の後編】

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 前編【「非公認にすれば勝てるというのは間違い」 裏金議員・平沢勝栄氏の恨み節】では、非公認となった大物議員の恨み節を紹介した。

 石破首相は比例名簿からも不記載があった議員を「完全排除」。それによって生じた混乱を象徴するのが、福島3区のケースだろう。非公認となった菅家一郎氏は当初、無所属での立候補を表明していたが、最終的に出馬を断念。代わりに、比例名簿非登載となった上杉謙太郎氏がこの選挙区で無所属として出馬することになったのだ。

 当の上杉氏が言う。

「私は元々福島3区の議員だったのですが、福島新3区ができた時に菅家一郎先生が3区の支部長になり、私は比例に回った。党の選挙区調整の都合で比例に回ったので、次回の衆院選は比例東北ブロックの上位で優遇する、という約束があったのです」

 10月3日に小泉選対委員長に会った際には、

「こちらが“よろしくお願いします”と言ったら、“分かった”と前向きなお返事でした。4日に県連幹事長が森山幹事長にお会いした際も比例名簿について“分かった”と言ってもらえていたのですが……」

進次郎氏を信じていたが……

 その後、裏金議員への厳しい処遇が報じられるようになると、上杉氏の気持ちも揺れ動くこととなった。

「私が総裁選で応援した進次郎さんが選対委員長になったので信じていた、というのもありますし、党の都合で比例に回っているので名簿に登載される可能性はあるかな、とも思っていました。その一方、私だけ優遇されたのでは党として示しがつかないでしょうから、自分自身で登載辞退を党にお伝えしようと思い始めてもいました」

 そんな中、小泉選対委員長から電話がかかってきたのは10月10日だった。

「そこで私は“今回は比例名簿への登載は辞退します”とお伝えしました。進次郎さんは“必ずまたバッジを着けられるよう責任をもって何とかする”と言ってくれました」

 こうして一旦出馬の道が断たれたわけだが、捨てる神あれば拾う神あり。

「12日に菅家先生の選対会議で、県連幹事長や県議たちが協議し、上杉でいこうということでやってくださいました。その後、ごく短い時間ですが、進次郎さん、森山さんと電話でお話ししました。私が出馬の意思をお伝えしたところ、お二人からは“無所属での出馬になるが、それでもぜひ頑張ってください”と激励してもらいました」

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