不倫相手と妻が溺れていたら、どちらを助けるか――40歳夫の「答え」に見る波乱の人生

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突然のプロポーズ

 ある日の深夜、美帆さんに呼び出されて指定された店に行ってみると、彼女は完全に酔い潰れていた。いったいどうしたのかと問うと、「彼が死んだの」とろれつの回らない舌でかろうじてそう言った。美帆さんは家庭ある男と、結局、10年以上つきあっていた。いつかは離婚してくれる、いつかは一緒になれると信じていたのだが、20歳近く年上の彼は膵臓ガンであっけなく逝ってしまったのだという。相手は美帆さんが学生アルバイトをしていた会社の社員だったから、もう当時のことを知っている共通の知り合いは誰もいなかった。美帆さんが何度も彼の携帯に連絡をしていたら、妻から「夫は亡くなりました」と電話がかかってきた。美帆さんは「嘘だ」と言い張ったが、「だったらお通夜でも葬式でも、いらしてみたらどうですか」と言われた。

「それでお通夜に行ったそうです。本当に亡くなっていた、と美帆は目を真っ赤にしていました。2ヶ月ほど前、ちょっと具合が悪いから検査してみると言い、その後、入院することになったと連絡が来てから、なしのつぶてだったそうです。そうやって人はいなくなっていく。美帆とその晩、妙にしんみり過ごしたんですが、帰りに結婚しようかと言ったんです。思ってもみなかった言葉が口から出たので、自分でもびっくりしました」

 美帆さんは「私が気弱になっているからといって、そういうプロポーズはやめて」と言った。それでいて別れ際に「やっぱり結婚しよう」と言いだした。勢いで、翌日には婚姻届を書いた。美帆さんの友人が署名を引き受けてくれ、そのまま深夜に提出した。

「でも僕たち、そのまま別居していて、いまだに一緒に住んでもいないんですよ。たまに会って食事をしたりはするけど、友だち関係のままですし」

 結婚した実感はまったくないが、対外的には結婚したことになっているので、「なぜか女性と気楽に話せるようになった」と雅斗さんは笑った。美帆さんとは似たような傷を抱えている戦友みたいなものらしい。

ふたりが同時に溺れていたら…

「結婚したのは33歳のときです。今、僕、つきあっている女性がいるんですよ。相手は既婚なんですが、僕は独身ということになってる。知り合ったとき、うっかり独身だと言ってしまったんです。結婚した実感がなかったから。訂正する機会がないまま、関係を持って1年になります。恋愛というものがしてみたかった。その人妻とは肉体的には濃厚な関係なんですが、これがはたして“恋愛”なのかどうかはわかりません。愛するって何なんだろう、相手を気にかけることだとしたら、美帆のことも人妻のことも愛しているとはいえるけど、そんな浅いものではないはず。何かで、つきあっている女性ふたりが同時に溺れていたらどちらを助けるかで愛情の多寡がわかると読んだのですが、うーん、僕、どちらも助けず、自分も沈んでいくだろうと思う。そういう人間なんでしょうね」

 彼にとって、いまだに明確で合理的な恋愛の定義が見つからない。自分が美帆さんにも、その人妻にも心を開いている実感がない。だからこれは恋愛ではないと感じるのだろう。ただ、人生に置いて“恋愛”というカテゴリが必要なわけでもないはずだ。恋愛ではないとしても、彼が浮気相手と肉体関係をもち、妻とはいまだに関係をもっていないのは事実で、それ自体が非常に興味深いともいえる。

「そこは相手が僕に対して何を期待しているかということですよ。美帆は僕に普通の夫婦関係を求めてはいない。人妻は心より体の関係を重視している。そこに僕自身も、不満は感じていません。結局、いまだにわからないんですよ、人生の意味が。それがわかると恋愛の意味もわかるのかなと思うんですが。相変わらず母は行方不明ですが、僕からみれば、自分の欲求が明確になってそのまま行動した母が羨ましいくらいです」

 客観的に見れば、彼の人生はかなり過酷だったはずだ。それでも彼は自分で道を切り開き、自分の足できちんと立って生きている。それですでに、人生よしとしてもいいような気がするのだが、彼には何かもうひとつ納得できる理屈、手応えが必要なのだろう。それが何なのか見えたとき、彼は自らの人生と手を組もうという気になるのかもしれない。

 ***

 やはり雅斗さんの原点には母がいるようだ。【前編】で、母、そして祖母をめぐる彼の生い立ちを紹介している。

亀山早苗(かめやま・さなえ)
フリーライター。男女関係、特に不倫について20年以上取材を続け、『不倫の恋で苦しむ男たち』『夫の不倫で苦しむ妻たち』『人はなぜ不倫をするのか』『復讐手帖─愛が狂気に変わるとき─』など著書多数。

デイリー新潮編集部

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