子どもの英語習得のために「早期のバイリンガル教育」より大事な“感情”とは 専門家が指摘する「子どもの将来のため」に潜むリスク

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 昨今、子どもたちがやたらと忙しい。わが子により良い教育を受けさせようと、幼少期から毎日違う習い事をさせている家庭が少なくないからだ。なかでも、英語やプログラミング、ICT教育を早いうちからやらせる家庭が急増している。早期の英語教育は、子どもの発達から見たとき、是なのか非なのか。『子どもの隠れた力を引き出す 最高の受験戦略―中学受験から医学部まで突破した科学的な脳育法』(朝日新書)を上梓した小児科医・文教大学教育学部教授で、子育て支援事業「子育て科学アクシス」代表の成田奈緒子氏に訊いた。(前後編の前編)

英語で困って欲しくない

 近年、グローバル化が加速し、国際言語である英語の必要性が高まっている。そんな中、「子どもの将来のために」と、早くから英語を学ばせ、コミュニケーションの面で子どもが困ることがないようにしたいと考える親は多い。

 しかし、脳科学的に見ると、「バイリンガル教育は思っているほど簡単ではない。むしろ、長い人生で捉えたとき、リスクの方が大きい」と成田氏は指摘する。

「実際、私が代表を務めている『子育て科学アクシス』には、幼少期のバイリンガル教育で失敗してしまった結果、日本語も英語の能力も中途半端な状態になり、人とコミュニケーションがうまく取れなくなる方がたくさんいます。幼少期に2つの言語を習得するのは脳科学的に難易度が高いからです」

頭の中で思考する言語は1つあれば十分

「言語機能の根本である語彙を司るのは、側頭葉の言語野です。うまくバイリンガルに育った子は言語野の近接した部分で二つの言語を自然に行き来させて話すことができます。しかし、うまくいかないと、二つの言語を脳の別々の部位で処理するようになってしまいます。幼少期に母語に加えて別の言語が入ってしまうと、2つの言語がごっちゃになり、どちらも中途半端な状態になってしまうことが起こり得るのです。グローバル社会において、英語が必要であることは私も否定しません。でも、自分自身の思考や、自分の中で湧き上がる喜怒哀楽の感情の整理整頓は、やはり一つの言語にしておくべきだと考えます。つまり、大事なのは、英語が流暢に話せることよりも、まず最初に母語でしっかり思考ができるようになることなのです。そうしたリスクを冒してまで、早い時期から英語を習わせる必要はないと思います」

 母語で思考すると、相手の感情を読み取る能力が養われると成田氏は語る。

「子どもは、親との会話によって母語を身に付けていきます。親とのコミュニケーションには言葉によるバーバルコミュニケーションと、言葉以外の表情や声の大きさ、ジェスチャーなどによって伝えるノンバーバルコミュニケーションがあり、その双方が使われる。例えば、目の前にある花を見て『かわいいね』と言葉で伝えるときも、『このお花、本当にかわいいわね~』とお母さんが目をキラキラさせて言うのと、『なんてかわいらしい花なのでしょう』としみじみ言うのとでは、受け手の印象は違ってきます。また、同じ花を見ていても、母語であれば多くのボキャブラリーを持っているので、花の印象を様々な表現で伝えることができます。幼い頃から英会話教室に通ったり、英語のDVDを見せたりすれば、音としての英語は習得できるかもしれません。しかし、言葉が持つ幅や微妙なニュアンス、話し手から伝わる感情までは受け取ることは難しく、上辺だけの言語になってしまうのです」

 コミュニケーションで苦労するのはそういった形で言語を習得した場合だ。

「話し手の感情を読み取る経験が乏しかったり、特性として苦手だったりする子は、相手の立場に立って物事を想像することが難しく、自分の解釈をしてしまいがち。例えば友達が『この消しゴムは私のだから勝手に使わないで』と少し怒りの感情を乗せて伝えても、『でも、ここにあるからいいじゃん』と使ってしまい、相手を怒らせてしまう。このように、コミュニケーションがうまく取れないがゆえに、人間関係でトラブルになりやすいのです」

 だからこそ、幼児期はきちんと母語で会話をすることが大事。母語で思考し、自分らしさを確立していく。そこまで深く考えていくと、安易にバイリンガルに憧れなくなるのではないだろうか。

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