貧しき船乗りの青年が22個の爆弾で9人を殺害…「血の金曜日事件」はなぜ起きたのか
正義に基づき不正を犯した者を懲罰したいという、強く持続的な欲求
トラブルズを研究する歴史学者リチャード・イングリッシュは、1969年から悲劇のサイクルが始まったと考えている。
発端は、おそらく、カトリック教徒が住む通りでのロイヤリストの無分別な示威行進だった。そのデモは共感したプロテスタントの警官に守られていた。怒った共和主義者のカウンターデモが起き、軍の部隊に石やレンガを投げつけた。軍隊は、それに対応して夜間外出禁止令を出し、カトリック教徒の家を捜索し、地元のバーから酒を盗み、罪のない何人かの男を殴ったり逮捕したりした。その夜、カトリックのティーンエージャーたちは石の代わりに火炎ビンを投げ始め、おそらく軍の発砲によって1人が死亡した。翌日、報復として、1人のプロボが警察署の入口に、それまで何度もやったのと同じように爆弾を投げ込んだ。警察 はフォールズなどの地区に大挙して押し寄せ、数十人の男を逮捕したが、その中には本当のプロボはほとんどいなかった(が、その後に刑務所で勧誘されて加入した者はいた)。
こうしたサイクルがブレンダン・ヒューズのような若者を極度に残酷な行為に駆り立てた。1972年7月21日の午後、彼はベルファストの中心街で1つの作戦を指揮した。恐怖に満たされた75分の間に22個の自動車爆弾を爆発させたのだ。「血の金曜日」と呼ばれるその1日で、9人が死亡し、数十人が負傷した。
正義に基づいて行動し、不正を犯した者に懲罰を与えたいという、強く持続的な欲求が、敵対集団の不正な行為によって生まれることは容易に推測できる。正しい行動に伴う高揚感は、犠牲やリスクを乗り越えるのだ。
しかし、ゲーム理論に基づいて考えると、こうした復讐の物語には第1原因、つまり「最初に不正を行う存在」が必要なことに気付く。敵対する者を仕事から閉め出し、選挙権を剥奪し、彼らが住む街を示威行進すれば、彼らの怒りをあおり、復讐心を抱かせるのは明らかだ。また、そのことで敵は仲間を増やし、反撃に喜びを覚えるだろう。不正な行動をすることに戦略的なメリットはないのである。
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この記事の後編では、引き続き『戦争と交渉の経済学 人はなぜ戦うのか』(草思社)より、宗教対立などグループ間の諍いの裏に絶えずに存在する「認知バイアス」の歪みや、人が「寛容」から「不寛容」へと転換する契機を、具体例を挙げながら解き明かしていく。