中年男が女弟子の蒲団を嗅いで失恋の涙…ほぼ実話だった田山花袋の告白小説、モデル女性のその後にも影響した嫉妬心

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 既婚の作家が若い女弟子・芳子に懸想し、去られた後に芳子の蒲団と夜着を嗅ぐという衝撃のラストといえば、田山花袋の『蒲団』。文豪がキャラクター化された人気漫画の影響で若者にも良く知られている作品だ。「芳子」と名付けた布団を手放さないというキャラ設定からは、ラストの衝撃が今も衰えていない事実を感じる。しかもほぼ実話という『蒲団』には、モデルとなった女性が花袋を「恨めしい」と語るような“衝撃の後日談”が存在した。

(「新潮45」2007年6月号特集「明治・大正・昭和 文壇『女と男』13の愛憎劇」より「女弟子に恋い焦がれた『田山花袋』の執念」をもとに再構成しました。文中敬称略、年代表記等は執筆同時のものです)

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希代の問題作として反響を呼んだ『蒲団』

 渡辺淳一の人気小説『愛の流刑地』ではないけれど、中年男の作家と、「好きになってはいけない女」との焦がれるような恋には、禁断の魅力がある。

 今からちょうど100年前、島崎藤村と並ぶ自然主義文学の人気作家だった田山花袋も、そんな立場に身を置いた一人だった。が、この人の場合、燃えるような恋も結局、片思いのまま、成就することなく、炎天下の水滴のごとく消え失せていった。

 日露戦争から2年後の明治40(1907)年秋、花袋は短編の恋愛小説『蒲団』を雑誌「新小説」に発表した。内容自体にはさほど新味はない。だが、「希代の問題作」だとして、論壇や世間からは大きな反響を呼んだのだった。

 小説の主人公は、30代半ばの妻子持ちの作家・竹中時雄。結婚生活は約7年におよび、既に倦怠期を迎えていたのだが、そんな折、地方の素封家のうら若き娘である横山芳子が上京し、自分を慕って弟子入りしてきた。ハイカラで男好きのするタイプの芳子にたちまち恋心を抱き、「尊敬されているんだし、いつかはモノにできるかも」と期待もする。

嫉妬に懊悩し、酒に溺れる主人公

 ところが、田中秀夫という若い男が現れ、芳子と恋仲になってしまう。時雄は、生真面目さを装い、健全な師弟関係を維持しようと努めるも、芳子への思いは断ちがたく、支配欲と秀夫への嫉妬に懊悩し、酒に溺れるようになった。そんな折、芳子と秀夫が、とうとう男女の関係になったことを知るのだ。

「あの男に身を任せていた位なら、何もその処女の節操を尊ぶには当らなかった。自分も大胆に手を出して、性慾の満足を買えば好かった」(『蒲団』)

 と、本音をむき出しにして怒り狂った時雄は、芳子を破門にするとともに、秀夫とも別れさせた。間もなく、芳子の父親を郷里から呼び寄せ、汽車で一緒に帰らせてしまった。

「時雄は2人のこの旅を思い、芳子の将来のことを思った。その身と芳子とは尽きざる縁があるように思われる。妻が無ければ、無論自分は芳子を貰ったに相違ない。(略)この芳子を妻にするような運命は永久その身に来ぬであろうか」(同)

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