「主文だけでも証言台で」…「袴田事件」無罪判決が下された歴史的瞬間 91歳の気丈な姉は、背筋を伸ばして裁判長を見つめた

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無罪判決は検察への有罪判決

 閉廷は午後4時。支援者の大拍手の中、ひで子さんは静岡地裁の正門前で小川弁護士らと報道陣の撮影に応じた後、駿府城公園に場所を移して青木惠子さん(東住吉事件の冤罪被害者)から花束を受け取った。

 日本プロボクシング協会の新田渉世さんは「最高の結果ですが、検察の控訴をなんとしても止めないといけない。試合は完全に終わったわけではなく、闘い続けたい」と話した。

 若い頃の巖さんと家族ぐるみで交流していた静岡市清水区の渡邉昭子さんは「袴田さんは私の子供をとてもかわいがってくれていました。袴田さんに会ったら『頑張ったね』と伝えたい」と涙ながらに話した。

 衣類の味噌漬け実験を繰り返した「袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会」の山崎俊樹事務局長は「袴田さんには『やっと袴田さんの願いを裁判所が認めたよ』と伝えたいです。検察官は控訴しないでほしい」と述べた。

「袴田さん支援クラブ」の猪野二三男さんは「判決は検察官による許されざる捜査、つまり検察の犯罪が指摘された。巌さんへの無罪判決は、検察への有罪判決です」と評価した。

「58年間がすっ飛んだ気がする」

 閉廷後の記者会見で、ひで子さんは喜びを語った。

「裁判長が述べた『被告人は無罪』という言葉が神々しく聞こえました。感激するやら嬉しいやらで涙が止まらなかった」(ひで子さん)

「再審開始になったときは昔の苦労を忘れましたが、今回はそれにも増して無罪という判決をもらって、58年間がすっ飛んだ気がする。嬉しく思っています」(同)

 小川弁護士と田中薫弁護士は判決を評価した。

「裁判所が3つの捏造を認定したのは画期的で、警察官と検察官の捏造を強くはっきりと認定したのは、今までの再審開始決定になかった重要な点だと思います」(小川弁護士)

「捏造の原因は警察官の取り調べだとして、取り調べの経過を厳しく批判しているのはよかった」(田中弁護士)

 筆者が「お母様だけが居たところに警察が端切れを持ってきて、捏造していたという話を聞いたご感想は?」と尋ねると、ひで子さんは「長男(茂治さん)はよく『母親が一人でいたところに来たんだ』と話していました」などと話してくれた。

控訴期限は10月10日

「袴田さん支援クラブ」によれば、この日の夜、ひで子さんは静岡県浜松市の自宅で巌さんに「今日、いいことあった。再審で無罪になった。あんたの言う通りになったよ。安心しな。もう裁判所に行くことないから」と繰り返し語りかけた。だが、巖さんの反応はあまりなかったという。

 それでも巌さんは29日、静岡弁護士会主催の報告会に姿を見せた。そこで「待ちきれない言葉でした。無罪勝利が完全に実りました」「ありがとうございました」と礼を言い、大拍手に包まれた。

 裁判所はこれまで、警察の非は認めても検察は守りがちだったが、今回は勇気ある判決を下した。何の縁か、国井裁判長は一家殺害事件が起きた年に生まれている。弁護団は検察へ控訴断念を申し入れた。控訴期限は10月10日。現在は検察側が控訴するかどうかが焦点となっている。

粟野仁雄(あわの・まさお)
ジャーナリスト。1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部を卒業。2001年まで共同通信記者。著書に『袴田巖と世界一の姉』(花伝社)、『サハリンに残されて』(三一書房)、『警察の犯罪――鹿児島県警・志布志事件』(ワック)、『検察に、殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)、『アスベスト禍』(集英社新書)など。

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