「主文だけでも証言台で」…「袴田事件」無罪判決が下された歴史的瞬間 91歳の気丈な姉は、背筋を伸ばして裁判長を見つめた

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「世界一の姉」が58年間待ちわびた日――。弟・袴田巖さん(88)の代わりに出廷した気丈な姉・ひで子さん(91)は、裁判長の「被告人は無罪」の言葉に涙ぐんだ。1966年6月、静岡県清水市(現・静岡市清水区)で起こった味噌製造会社の専務一家4人惨殺事件。死刑囚となった巖さんと弟を支え続けたひで子さんの闘いを綴る連載「袴田事件と世界一の姉」第46回は、巌さんに再審無罪判決が下った一日を振り返る。【粟野仁雄/ジャーナリスト】

「主文だけでも証言台でお聞きください」

「えっ、そこまで踏み込むか」

 9月26日午後、静岡地裁の傍聴席、最前列で驚いた。国井恒志裁判長は刑事の捜査のみならず、検察官のそれも「捏造」と断罪したのだから。

 弁護団事務局長の小川秀世弁護士すら「本当にいいのかな」と驚くほどの踏み込んだ内容。これまで二度の再審開始決定(2014年の静岡地裁と23年の東京高裁)は「捜査機関の捏造の可能性が濃厚」止まりだったが、国井裁判長は一刀のもとに斬り伏せた。

 今回の判決で地裁は、記者クラブ加盟社以外に用意したわずかな報道席を筆者に与えてくれた。見た限りフリーランス記者は筆者を含め2人だけ。再審請求人と補佐人を務めるひで子さんは、ベージュのスーツ姿で弁護団席に座った。巌さんの姿はない。

 午後2時、国井裁判長は開廷を宣言すると、「主文だけでも証言台でお聞きください」とひで子さんを促した。そして証言台に着いたひで子さんに「主文。被告人は無罪」と言い渡した。

 背筋を伸ばして国井裁判長を見つめたひで子さんは、深々とお辞儀をして立ち上がった。小川弁護士らと握手して席に戻りつつも、涙は止まらなかった。

捏造は捜査機関以外に事実上想定できない

 巖さんの冤罪を58年ぶりに晴らした無罪判決。国井裁判長の無罪根拠には3つのポイントがある。

1:5点の衣類は捏造

 警察が事件から1年後に味噌タンクから見つけたとした「5点の衣類」は最大の争点だった。

「1年以上、味噌に漬けられた場合に、血痕に赤みが残るとは認められず、事件から相当な期間が経った後、捜査機関によって血痕を付けるなど加工され、タンクの中に隠されたもの」(国井裁判長)

2:ズボンの端切れ(とも布)も捏造

 警察が巌さんの実家から見つけたとした「ズボンの端切れ」も捏造とした。

「味噌で濡れて硬くなったズボンと、乾燥している端切れが、同一性の生地と認めることは困難。被告人の実家から押収されたという端切れが、捜査機関の者による持ち込みなどの方法によって、本件捜索以前に被告人の実家に持ち込まれた後に押収された事実を推認させる」(同)

 家宅捜索した松本久次郎警部と岩本広夫警部補が「ズボンと切れ端が同一生地とわかった」としていたことを突いた。

「袴田さんの自白は非人道的な取り調べで得られたため任意性に疑いがあり、当時の裁判で無罪の可能性が否定できない状況にあった。衣類を犯行時の着衣として捏造した者としては、捜査機関以外に事実上想定できない」(同)

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