ついに完結「虎に翼」は何がそんなにスゴかった? 生理痛に更年期…「当たり前」を打破した“新しい朝ドラ”

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 こんなに朝ドラで盛り上がったのは初めてだ。トラツバにハマった人と宴会を催して「あの場面は泣けた」「あの俳優のあの演技は秀逸」「あのセリフはどう捉えた?」などと口角泡で楽しんだ。9月27日も「最終回を皆で観よう!」とわが家に集う。

「虎に翼」の何がそんなに心をつかんだのか。まず、テレビドラマで観ることのなかった負の遺産、なかったことにされてきた事件の涙、憲法14条の尊さを描いたから。ドラマで取り上げることに社会的な意義のある内容がてんこもりだったから。

 戦争の悲劇と喪失感だけでなく、罪悪感と自罰感情というテーマを託されたのはヒロイン佐田寅子(ともこ・伊藤沙莉)の夫・星航一(岡田将生)だ。総力戦研究所で敗戦を予測できていたのに戦争を阻止できなかったという苦悩。スケールの異なる自責の念に驚愕(きょうがく)せざるを得ず。

 刑法200条の尊属殺重罰規定が違憲という大きなテーマは、劇中で長い年月をかけて繰り返し描いた。

 広島・長崎の被爆者が国を相手に賠償請求を訴えた原爆裁判。裁判官は苦渋の判決を下したものの、心意気のある理由の文言は未来永劫法曹界で語り継いでほしい言葉だった。美しい水源となるはずの司法の独立をじゅうりんしようとする政治家の姿も繰り返し描かれた。寅子たちを悩ませた昭和の少年法改正に関する議論は、平成と令和の議論にも連綿とつながってきた。なんとなく、社会を映し出すことが仕事の新聞や週刊誌の編集部には、「虎に翼」が斬り込んだテーマに強く共鳴した人が多かった印象だ。

 私自身は自分事と結び付けられる点が実に多く、朝ドラにしては身近で、頼もしくて、かつ新しかったと思っている。生理痛や更年期もきちんと丁寧に描写したのは初めてではないか。朝ドラのヒロインはみんな生理が軽いんだなと思っていたし、当たり前に妊娠・出産できるんだなとも思っていたから。病気は描いても、生理や更年期は「我慢して当たり前」と思われてきたせいか、ことさらに触れることもなかったので。

 認知症の親は「純と愛」(2012年)でも登場したが、今作の義母・余貴美子の演技が実に生々しくて素晴らしかった。記憶障害やせん妄、ふとわれに返り、自責の念に駆られるなどの症状が丁寧に描かれ、義母の介護に対する家族の温度差にもちゃんと踏み込んだ。

 また、寅子が最初の夫である佐田優三(仲野太賀)と社会的信頼度と地位を上げるために結婚したこと。2番目の夫(岡田)とは夫婦別姓の事実婚を選んだこと。単なるはやりで表面的に描いたわけではなく、その過程と心情描写に説得力があった。最初の結婚では名字を変えず、今は別居婚を選んだ自分にとって「当たり前の因習打破」が頼もしく、共感できた部分もある。

 伊藤沙莉の名演、役者陣の躍動感&静謐(せいひつ)の演技にも改めて敬服している。絵には残せなかったが(特に新潟編)、主軸も脇も全員最高だった! 静謐な演技で魅せたのは、岡田将生・羽瀬川なぎ・川島潤哉の三人だったと書いておきます。

吉田 潮(よしだ・うしお)
テレビ評論家、ライター、イラストレーター。1972年生まれの千葉県人。編集プロダクション勤務を経て、2001年よりフリーランスに。2010年より「週刊新潮」にて「TV ふうーん録」の連載を開始(※連載中)。主要なテレビドラマはほぼすべて視聴している。

週刊新潮 2024年10月3日号掲載

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