ロシアが欧州へ「移民」「難民」を大量に送り込んでいる! 日本人記者が国境地点で見た「異様な光景」

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「憂慮すべき悪例」

 そして今年5月、政府は「道具化した移民」への対策法案を議会に提案した。“人権の国”フィンランドもまた、難民申請を受理せずに国境の外に押し返す「プッシュバック」の合法化に乗り出したのだ。

 これに対し国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)など4団体が「国際法とEU法に反する」と、共同声明を発表。公聴会でも有識者18人全員が反対を表明するなど物議を醸した。しかし、それでも議会は7月に可決した。

 法案に反対してきたフィンランド難民評議会事務局長アニュ・レヒティネン(53)は、人権先進国を自任してきたフィンランドの変質を危惧する。

「フィンランドは伝統的に人権や国際合意、国際法を先導してきた国です。国際合意や人権に反する決定をするのは初めてで、まさに歴史的な局面に立っています。EUの他の国々にとっても、憂慮すべき悪例になりかねません」

要塞化する欧州

 私が今回取材した国境地帯は鉄条網付きフェンスや「竜の歯」が並び、「要塞化する欧州」の最前線となっていた。プッシュバックも国内的に合法化され、いまや安全保障最優先に傾く。

 もちろん、さらに東に進めば、そこはウクライナの戦場だ。ロシアとの戦闘が日々展開されている。そして黒海沿岸のジョージアも国土の2割を親ロシア派に占拠されている。これらをつないでゆけば、欧州大陸の地図には今、EUとロシアを分断する数千キロの境界線が浮かび上がる。

 ロシアのウクライナ侵攻がもたらした欧州の“地殻変動”によって、ユーラシア大陸の西には今、35年前に崩壊した「鉄のカーテン」が、位置を変えてよみがえりつつあるのだ。ロシアはその境界から移民・難民を「兵器」として送り込み、人権尊重の看板を掲げてきたEUの価値観をも揺さぶっている。

 取材の間、境界の最前線にいる人たちが日本の北方領土問題をよく知っていることに私は驚かされた。日本を遠い国としてではなく、「ロシアの隣国」として自国の境遇と重ね合わせて見ているのだ。

 ユーラシア大陸の西側で起きている「地殻変動」は、同じ大陸の東側でロシアと隣り合う日本にとって、決して他人事ではない。中国、北朝鮮とも海を隔てて向き合う複雑な安全保障環境にある日本の私たちこそ、自分事として自国と重ね合わせて受け止めたい。

村山祐介(むらやまゆうすけ)
ジャーナリスト。1971年東京都生まれ。立教大卒。朝日新聞ワシントン特派員、ドバイ支局長などを経て2020年よりフリージャーナリスト。同年にボーン・上田記念国際記者賞、2021年に『エクソダス アメリカ国境の狂気と祈り』(新潮社)で第43回講談社本田靖春ノンフィクション賞を受賞。

村山祐介氏のYoutubeチャンネル「クロスボーダーリポート」で記事の関連動画を配信中。
・新「移民攻撃」はロシア発 復活した「人間の境界」で起きていること ポーランド・ベラルーシ国境を行く 「新・鉄のカーテン」【前編】
https://youtu.be/tDHD19G8Z4Q
・「竜の歯」vs「移民兵器」 バルト3国・フィンランドを行く EU東部境界に立ち上がる対ロシア・新「鉄のカーテン」【後編】
https://youtu.be/dUHdZoMFlLg

週刊新潮 2024年9月26日号掲載

特別読物「ロシアが欧州へ『移民』『難民』を大量に送り込んでいる 日本人記者が5カ国の国境地帯で見た『新・鉄のカーテン』」より

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