「ドラ1候補」関西大・金丸夢斗が“来年の戦力図”を左右か ソフトバンクのスカウト部長が「すぐにでも連れて帰りたい」と絶賛する理由
ドラ1候補を襲ったアクシデント
その競合必至の1位候補に、思わぬアクシデントが襲ったのは、今春のリーグ戦、5月11日の対関西学院大戦(甲子園)でのことだった。
「腰に違和感があったんで、大事に至る前に自ら止めておこう、と思って」
4回まで、被安打1の5奪三振。ただ4回1死から、この日2つ目の四球を出したところで、小田洋一監督がマウンドへ向かった。試合の流れや投球内容から見ても、間を取るような場面でもない。
実は、3回を投げ終えた時点で、金丸から「腰が痛くなった」と自己申告があったといい、金丸にしては珍しい“複数四球”を出したとあって「一応、確認にいきました」。その打診直後の初球に、123キロのチェンジアップで遊ゴロ併殺に仕留めてしまうところも、ある意味で、金丸の“凄さの一端”かもしれない。
「腰の骨挫傷」と診断された今回のケガからの回復に、予想以上の時間を要してしまい、まず今年6月の大学日本代表入りは辞退した。
「今回は完全に痛みを取ってから動こうと決めた」と6月の1カ月間は「ほぼ、何もしなかった」と投球練習もストップ。7月から練習を再開、同27日には紅白戦に登板し、2回を23球、1安打無失点の2奪三振、最速148キロもマークするなど、順調な回復ぶりを見せていたかに見えたのだが「そこから調子が上がらなかった感じでしたね」と小田監督はいう。
練習量を落とし、コンディションを整えることを優先させたことで、途中交代した関学戦以降、およそ4カ月近く対外試合のマウンドにすら、立つこともできなかった。
復帰マウンドで見事に復活
その「“甲子園ぶり”です」という実戦復帰が、9月8日の近大2回戦(わかさスタジアム京都)だった。
「そんなに力は入れていないんですけど、感覚がちょっとまだ取り戻せなかった。そういった微妙なズレというのが、最初の方ですね、抜け(た球)がありました。指先の感覚とやっぱり体重移動しながらの、体の力の入れ具合のタイミングだったりというのは、さすがにすぐできるとは思っていなかったんで、そこは想定内なんです。急にはできない、と思っていたんで、そこは球質を良くして、少々(コースが)甘くても、球の力で押していけるように、というのをテーマにしていました」
2点リードの9回、ストッパーの役割を担っての復帰マウンドは、2本のヒットと死球で1死満塁のピンチを迎えた。今春のリーグ戦6試合、39イニングでわずか3四死球という制球力を誇る左腕ですら、久々の実戦登板ともなると、胴体と腕の動きがうまく連動しない部分が「少々はあったんですけど」と明かす。
しかし、ここから冷静に修正できるのも金丸のクレバーさだろう。
「一気にグッと(体が)行ってしまうと、やっぱりまだ心配な要素が出てくるんで、そこは頭と体の考えを同じにして、しっかりとやるというところを気に掛けて投げました」
近大・谷本颯太(1年)には146キロで二飛、代打の大上岳人(4年)には147キロのストレートで空振り三振に仕留め、ホームは踏ませなかった。
「あんなに速い球を投げるとは思っていなかったです。140キロに乗るのかな、くらいだったんですけど、私の思っている以上は出していました」と小田監督も驚いたというスピードは、球場表示では148キロ、ネット裏で視察したあるプロ球団のスピードガンでは150キロをマークしていたという。
まさしく、見事な“剛球復活”だった。
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