「7月にディズニーシーへ行ったばかりでした…」 追悼「敏いとう」愛娘が語る“父の最期”と“驚きの遺品”
「星降る街角」や「わたし祈ってます」などの代表曲で知られる歌謡グループ「敏いとうとハッピー&ブルー」のリーダーを務めた敏いとう氏(本名・伊藤敏)が9月10日に死去した。享年84歳。亡くなるまでの2年半、「要介護5」の父を自宅で介護してきた娘が語る、「ムード歌謡の帝王」と呼ばれた男の知られざる最期とは――。
***
【秘蔵写真】「幼き娘との色褪せない日々」…メディアが伝えることのなかった“家庭人”敏いとう氏の素顔
「正直、父が亡くなったという実感はいまも乏しく、気持ちはまだ現実に追いついていない部分があります。実際、7月に私と夫、妹と父の4人で東京ディズニーシーへ行ったばかりでしたし、10月には父との北海道旅行も計画していました。心構えができていなかったこともあり、呆然とする思いが消えず……」
こう話すのは、敏さんの愛娘である伊藤実奈さん(35)だ。22年12月、脳梗塞と診断された敏さんは要介護認定がそれまでの3から5へと跳ね上がったが、実奈さんは「自宅で過ごしたい」との父の願いを叶えるため、「在宅介護」を選択。都内の自宅と敏さんが暮らす神奈川県内の家を往復する日々を2年半続けてきた。
「いまから思えば、“異変”の兆候は今年4月にありました。突然、父が『胸が痛い』と言いだし、病院へ連れて行くと、検査の結果、医師から『骨に転移している』と告げられたのです。父は4年前に前立腺がんと診断され、薬で抑えていましたが、気づかぬうちにがんは進行していたようです」(実奈さん)
4月14日に入院し、退院したのは6月4日。入院期間中は痛み止めの薬などを中心とした薬物療法を行い、7月にはディズニーシーへ行くほど回復した。しかし9月に容体が急変したという。
「呼吸が浅くなっている」
実奈さんが続ける。
「9月5日に定期検査のため病院へ行った際、“肺に水が溜まっている”ことがCT検査で判明しました。ただ、この時は医師から『利尿剤で(溜まった水を)抜いていきましょう』と言われたので、特に深刻な状態ではないと理解していました」
その3日後、自宅で敏さんがタンを詰まらせるなど、息苦しそうな様子を見せたため、実奈さんが「パパ、苦しい?」と訊ねると、敏さんは「わかんない」と答えたという。
「すぐに病院で診てもらうと、医師から『肺の水が増えている。ただリスクが大きいので、水を抜くことはできない』と言われました。そこからの展開は予想もしていないような早さで、翌9日に父は緩和ケアセンター(病棟)へ移されることに。でも、この時はまだ父と会話もできていて、私が『明日も来るよ』と言うと、『何時くらい』と訊き返した。『夕方だよ』と答えると、父は『わかった』と言って頷いたのです」(実奈さん)
そして10日の午後4時半頃、実奈さんの携帯に病院から連絡が入り、「お父さんの呼吸が浅くなっている」と伝えられたという。
[1/2ページ]