「ジョブズはアスペルガーだった」説は迷惑… 精神科医が説く“不利ばかりではない”社会事情

国内 社会

  • ブックマーク

「そういうことをズバッと言うところが、アスペルガーらしいと言うんです」

「『傾向』はありますが、仕事もプライベートも大きな問題はないようですし、今のところは『個性』に近い気がします」

 無表情ながらも、「障害」を否定された意外感と安堵感が漂っているように、少なくともわたしには見えた。

「心理検査でははっきりわからないんですか?」「知識は十分すぎるくらい持っています。ただ、あの紙芝居みたいなやつ、あの成績が今ひとつです。そこが、アスペルガー傾向の一つの証拠と言えば証拠ですね。でも、そんな人はいくらでもいますよ、特に医者にね」

 事実だから仕方がないが、医者には発達障害の特性を持つ者が非常に多い。医者を引き合いに出すと、患者は自身が持つ発達障害的な問題を悲観視せず、むしろ前向きにとらえることがある。

「先生も、アスペっぽいですよね。なんとなく」

「そういうことをズバッと言うところが、アスペルガーらしいと言うんです」

 ここで裕介は、初めて自然な笑顔を浮かべた。共感性は、ちゃんとあるではないか。

「今日は知能検査の結果もお渡しします。あなたは頭がいいから、ネットで調べたりして、大まかには傾向がわかるはずです。障害ではなくとも、自分の欠点を知ることは、これからを生きる上で大切ですよ」

「わかりました」

 このことを告げておくことは、重要である。今後状況が変化して、裕介の特性にとって寛容でない環境下に置かれれば、障害レベルに発展してくる可能性はゼロではない。

「今日のところは発達障害やらアスペルガー障害ではないと聞いて、どうでしたか。やはり安心したのか、それとも予測に反したのか……」

「どちらもですね。これまで自分でも『なんでここでこの人怒るんだろう』という違和感はあったんですが、発達障害のことを知ったら、『自分もそうなのかも』と思えて、ようやくその原因が見つかったのかも、というスッキリ感はありましたね。でも正直、『発達障害』とお医者さんに診断されるのは、やっぱりイヤですよ」

アスペルガー障害の主症状は「5つ」

「人生はまだまだこれからです。先々何か困ったことがあれば、来てください」

 裕介の診察は終了した。しかし、これで裕介が精神科医療から永遠に無縁でいられるという保証はない。取り巻く人たちが裕介の特性に寛容でなくなれば、おそらく問題が生じてくるであろう。裕介が今日の結果を自らにフィードバックして、自ら克服できる力をつけていくことができるかどうかが鍵となろう。

 アスペルガー障害の主症状は、DSM-5(アメリカ精神医学会の診断基準)によれば以下の五つが挙げられる。

1.社会性の障害(対人関係の障害)
2.コミュニケーションの障害(相互のやりとりが苦手)
3.社会的想像力に乏しい
4.こだわりが強い
5.感覚過敏(音や匂いに敏感)

 社会性の障害については、アスペルガー障害の中にもいくつかのタイプがある。他人との関わりを求めない「孤立型」は、他人とのつきあいをせず、好きな電車やゲームばかりに凝っている青年などが例だろう。

 ほかにもタイプはあるが、裕介はさしずめ「積極奇異型」になるだろうか。他人と関わることには関心はあるのだが、関わり方が不器用かつ不自然なタイプである。いわゆる空気が読めない、不思議ちゃん、と評される人たちである。コミュニケーションの障害、社会的な想像力は、相互に不可分の関係だ。いわゆる「コミュ障」と言われる問題である。

 相手の考えを想像できずに、自分の言いたいことだけを言えば、会話は一方通行になる。逆に、相手に聞かれたことしか話さない、相手の話に興味をまったく示さないといった、極端に受動的な場合もある。目と目を合わせないというのも、コミュニケーションでしばしば見られる特徴である。さらに感情表出も苦手としていることが少なくない。笑顔が自然に出るような場面でも、硬い表情をしているということである。

次ページ:現代社会とアスペルガー的特性

前へ 1 2 3 次へ

[2/3ページ]

メールアドレス

利用規約を必ず確認の上、登録ボタンを押してください。