文庫版が異例のヒット『百年の孤独』は日本で映画化されていた…命と引き換えに完成させた「演劇界の鬼才」

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映画の中身は

 かくして、寺山修司が命と引き換えに完成させた「さらば箱舟」だが、どんな映画なのだろうか。

「まさに寺山ワールドの集大成で、圧巻の映像です。私は本作を、『百年の孤独』の完全映画化だと、いまでも信じています」(元演劇記者)

 舞台は沖縄とおぼしき南国。時任大作(原田芳雄)が支配している〈百年村〉。その分家のいとこ同士、捨吉(山崎努)とスエ(小川真由美)が結婚する。だが近親結婚すると犬の顔の子供が生まれるとあって、スエは蟹の形をした鉄製の貞操帯を付けられていた。

 やがてあるトラブルで、捨吉は本家の大作を殺害。逃走し、健忘症になり、物の名前を書いた札をあちこちに貼りつけ……。森のなかには、男を変死させる少女チグサ(高橋ひとみ)が。さらに、本家に先代の血筋と称する謎の女ツバナ(新高けい子)が住みつき……。そこへ、かつて本家のカネを盗んで出奔した分家の米太郎(石橋蓮司)がもどってきて……。

「要するに、この映画も『百年の孤独』のモチーフが、かなり、そのまま出てくるのです。終盤、時間が流れ、村には電気や電話が通り、自動車がやってくる。村人は、次々と、都会となった隣町へ行ってしまい、誰もいなくなる。クライマックスで、小川真由美が半狂乱になって叫ぶシーンには、背筋を何かが走るでしょう」

〈バカ! 隣の町なんて、どこにもなか! 神様とんぼはうそつきだ! 両目とじればみな消える……隣の町なんてどこにもなか……100年たてば、その意味わかる! 100年たったら、帰っておいで!〉

「このあとに展開する“100年後の光景”に、小説『百年の孤独』のエッセンスが、見事に凝縮されていると思います。特に派手なドラマもないのに、このラスト10分は、涙なしでは観られません」

 この映画「さらば箱舟」を、ひさびさに映画館で観ることができる。東京・千代田区の神保町シアターで開催中の特集上映「映画で愉しむ――私たちの偏愛文学」のなかで、10月5~11日に上映されるのだ。

「この作品は、映画館の暗がりのなかで観られることを前提に画面がつくられています。配信やDVDでも観ることができますが、ぜひ、映画館のスクリーンで観てほしいですね」

 それでこそ、寺山修司が『百年の孤独』にかけた思いを、初めて理解できるはずである。

森重良太(もりしげ・りょうた)
1958年生まれ。週刊新潮記者を皮切りに、新潮社で42年間、編集者をつとめ、現在はフリー。音楽ライター・富樫鉄火としても活躍中。

デイリー新潮編集部

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