安住アナはなぜ「慧眼」を「すいがん」と読んだのか 「誰何」「弥縫」「泥む」を読めますか?
漢字の読み間違いというのは、麻生太郎元総理に限らず誰でもやってしまうことだろうが、政治家ならずとも「言葉のプロ」ならばそれなりに注目を集めるようだ。
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昨年、「慧眼(けいがん)」を「すいがん」と読むとずっと思っていたため、放送中にそう言ってしまったことを自ら告白したのはTBSの安住紳一郎アナウンサー。
安住氏自身の好感度の高さ、「反省の弁」の率直さなども相まって、このカミングアウトは好意的に受け止められたようだ。この間違いの原因や背景について、評論家の宮崎哲弥さんは、新著『教養としての上級語彙2 日本語を豊かにするための270語』で次のように述べている。
「私は、曲がりなりにも『慧眼』という上級語彙を知っており(=理解語彙とし)、かつテレビで適切に用いようとした(=使用語彙としようとした)彼の知的誠実性に敬意を禁じ得ない。こんなミスで畏縮しないで欲しい。
おそらく若い時分に、本か何かで〈慧眼〉という熟語をみて、『慧』という前漢字が『彗星(すいせい)』の『彗』に似ていることから類推して『スイガン』と憶えてしまったのだろう。もし言葉との最初の出会いにおいて、それにルビが振ってあれば、彼はこんな誤りをしなかったはずだ。また仮に当初は誤った読み方を記憶に留めたとしても、長(ちょう)じた後で読んだ、大人向けの本に振り仮名が付してあれば、その記憶は修正されただろう。50歳になるまで間違いに気づかずに過ごすことはなかったはずだ」
補足すれば「上級語彙」というのは宮崎氏の造語で、「表現力と思考力を高める言葉」のこと。「とかく易しい表現、ともすれば幼稚な表現のほうが好まれる風潮だが、日本には昔からもっと豊かな言葉(語彙)が数多くある。そうした言葉を知ることで、より豊かな表現が可能になる」という思いが込められているという。「慧眼」もまた、最近はだんだん使われなくなってきた上級語彙の一つだと宮崎氏は考えているようだ。
同書で安住氏について宮崎氏が指摘しているポイントは二つ。
・慧眼という表現をテレビで用いようとした安住さんには敬意を抱く。(「禁じ得ない」自体が若者は使わなくなった表現だが、ここでは「敬意を抱かずにはいられない」という意味である)
・この読み間違いを招いた背景には、戦後、ルビ(読み仮名)をなくしていくという間違った方向に新聞や出版界が進んでいったという問題がある。
大人が目を通すメディアの中では、少年マンガ雑誌を除くとほとんどの漢字にはルビが振っていない。現代人はこの状況に慣れてしまっているのだが、実は戦前はもっとルビが大活躍していた。そのため、子どもも大人の本を読めただけではなく、大人もまた読み間違いに気づきやすい環境があった。
ところが戦後、昭和21年(1946年)に、ある種の改革が行われ、「ルビ無し」が原則になってしまった。その影響を宮崎氏はこう述べている。
「振り仮名、ルビの排除は、活字離れを促しただけではなく、難しい漢字の使用を控える現象を継起(けいき)させた。書き手や編集者はルビが振られないことを前提にして、多くの人々が『読める』、易しい言葉を極力使おうとする。こうして出版物や定期刊行物が、ルビなし、振り仮名なしで読み得る『易しい』言葉によって満たされていく……。しかもこの貧困化は悪循環するのだ」(同書より)
宮崎氏はこうした状況を憂い、同書の中で数々の自ら選んだ「上級語彙」を紹介している。その中には、それなりに本を読んできたという自負のある方でも読めない、あるいは読み間違いそうな単語も数多くある。以下の単語のうち、何個まで自信を持って「読める」と言えるだろうか。
回答(読み方と意味)は本記事の最後にまとめておくこととする。
(1)衒学
(2)弄する
(3)訝しい
(4)倦ねる
(5)誰何
(6)詮無い
(7)弥縫
(8)暮れ泥む
(9)軌を一にする
(10)誤謬
なお、全部スラスラ読める方からすれば「こんなものも読めないのか!」という感じだろうが、そういう姿勢をアピールすることを決して宮崎氏は推奨していない。また、こうした言葉を使うのに適した場と、適していない場があるのも事実。
やたらと使っても尊敬されるどころか、ウザいと思われるというのは大人の常識である。マウンティングのために上級語彙を用いることは決して知的な振る舞いではないのは言うまでもないだろう。
(1)衒学:げんがく ――学(がく)をひけらかすこと。知識や教養のあることをみせびらかすこと。
(2)弄する:ろうする――思うままにその行為を行う。(手段を選ばず)用いて為(な)す。「策を弄する」「詭弁を弄する」「駄弁を弄する(=無駄なおしゃべりをする)」など。
(3)訝しい:いぶかしい――疑わしい。不審な。不明な点があり胡散(うさん)臭い。
(4)倦ねる:あぐねる――物事がなかなかうまくいかず、倦(う)んでしまう。し続けていやになる。
(5)誰何:すいか――何者なのかわからない相手に名前などを問い質すこと。呼び止めて、どこの者かを訊くこと。
(6)詮無い:せんない――やりがいがない。仕方のない。無益な。意味がない。仕様もない。
(7)弥縫:びほう――失敗や欠陥、弱点を応急に取りつくろうこと。一時的に間にあわせること。
(8)暮れ泥む:くれなずむ――日が暮れそうだが、なかなか暮れ切らない。夕闇が迫っているが、まだ薄明るい。
(9)軌を一にする:きをいつにする ――(前車の通った轍〈わだち〉を辿ってゆくように)方向性、立場、行き方を同じくする。「この政治動向は米国のリベラルの動きと軌を一にするものだ」「新部長の営業方針は私のビジネスの進め方と軌を一にした」など。
(10)誤謬:ごびゅう――間違い。誤り。間違えること。