【虎に翼・最終週】「実父からの性虐待」を朝ドラで扱うスゴさを再確認…有終の美を迎えそう

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「性処理」という表現

 そして9月17日に放送された「虎に翼」である。美位子をめぐる裁判は、一審では尊属殺人罪は憲法違反とされ、過剰防衛が認められて刑は免除になった。しかし二審では、逆転敗訴で尊属殺人罪が適用されて実刑判決。結局、最高裁に上告されて判断を委ねることになった。

 最高裁の調査官として、寅子の夫・星航一が、美位子の代理人である轟とよねの事務所を訪ねる。以下は、本人が不在のところで星が2人に美位子の境遇を聞き取る場面だ。

(よね)「美位子は幼い頃から暴力を受けていました。母親は10代の彼女を置いて逃げだした。母親がそれまで受けていた仕打ちを彼女はすべてを引き受けることになった。家事に……、暴力に……」

 よねは視線を落とす。そして口にする。

「性処理も……」

 このドラマで初めて登場した「性」という言葉。 よねがこの後で語った言葉は、作者が伝えたかった言葉に違いない。

「暴力は思考を停止させる。抵抗する気力を奪い、死なないためにすべてを受け入れて耐えるようになる。彼女には頼れる人間も、隠れる場所もなかった」

「父親の子を身ごもり、2人の子どもが生まれた。いくども流産を経験した。職場で恋人ができ、やっと逃げだすすべを得たのに父親は怒り、彼女を監禁した。『恋人にすべてを暴露する』と脅され、追いつめられた彼女は、さらに激しくなる暴力に命の危機を感じて、酒に酔って眠る父親を絞め殺した。恋人は真実を知って早々にあいつから離れていった」

 よねは続ける。

「おぞましく、人の所業とは思えない事件だが、けっして珍しい話じゃない。ありふれた悲劇だ。あいつは今でも男の大声に身体がすくむ。部屋を暗くして眠れない。金ができたらその大半を、自分を捨てた母親に送る。無理やり産まされた実の子を世話してもらうために……。私は救いようのない世の中を少しだけでもましにしたい。だから心を痛める暇はない。それだけです」

よね自身も抱えていた心の傷

 つづく9月19日の放送では、裁判が終わった後も法律事務所に引き続き居たいと以前語っていた美位子に、よねが面と向かって厳しい言葉を投げかける場面があった。

 よねは「美位子、お前がここに居たいなら、最高裁への上告が棄却されても居ればいい」と告げるが、その後で美位子の本心を見透かしたような言葉を続ける。

「ただそれが……私たちの下に来る依頼人の話を盗み聞きするためなら、やめろ。人を見て安堵したり、自分の身に起きたことと比較したりするのは、やめろ」

 驚いて目を見開く美位子。何も語らないがよねの言葉が図星だったことが伝わってくる。よねの語りはだんだん独白のようになっていく。

「何か抱えているやつは、どっかしら生きるために無理してる。どうってことないふりをしてごまかさないと、やっていけないことがある。私は……たった一度でも、あの夜のことが耐えられなくなりそうになる時があった」

 よねには仲がいい姉がいた。実家は貧農で姉は身売りされて女郎として東京の置屋で客をとっていた。よねは姉のようになりたくないと身売りされる直前に実家を逃げて髪も切って男装してバーで働くようになった過去がある。姉が稼いだ金は置屋に取り上げられたままだったが、中年の弁護士が取り戻してくれたことがあった。その回想シーンが流れる。

 その弁護士が「困ったことがあったらまたいつでも……」と下品な笑みを浮かべて顔をよねに近づける。何が対価になったのかははっきりとは明かされてこなかった。

 それが今回の「たった一度でも」という言葉で、この時によねが代償を払っていたことがはっきりとした。

 同意のない行為、その心の傷が、よねをずっと苦しめてきたからこそ、美位子の気持ちも手に取るようにわかったのだろう。確かに美位子は、相談に来る人々と自分を比較して、内心で安堵していたのかもしれない。

 よねと下品な弁護士の場面が放送されたのは4月中旬だ。その真実を9月中旬になって伏線回収する。つくづくよく計算された脚本で、執筆した吉田恵里香の腕は見事だ。

 よねの、

「お前の身に起きたことは腸が煮えくり返るほどクソだ。クソが詰まっている。でもそれは、お前の父親が、この世界が、法律が、どうしようもなくクソなだけだ。お前がかわいそうなわけでも、不幸で弱いわけでもけっしてない」

 という言葉を聞いて美位子も涙ぐむ。わかってもらえるという安心の涙だ。

 最終週では、司法を守る番人としての裁判官の理想を抱きつつも、政治などの外圧から裁判所を守ろうとする最高裁長官・桂場等一郎(松山ケンイチ)と寅子との応酬も見どころだ。美位子の裁判を、桂場はどう裁くのか。理想と現実ははたして折り合いをつけられるのか。最後まで目が離せない。

水島宏明/ジャーナリスト・上智大学文学部新聞学科教授

デイリー新潮編集部

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