子どもを産めなくなり、ハゲになり、デブになり…それでも原千晶を支えた最愛の夫からの言葉
1歳上のテレビプロデューサー
2度のがんを乗り越えた俳優でタレントの原千晶(50)。30歳で子宮頸がんを発症した時には、子宮の摘出をすすめられたが、出産への強い思いから拒否。しかし、35歳の時にがんが再発し、子宮を全摘出した。この時、自らの病を公表するとともに、1歳上のテレビプロデューサーとの結婚を発表した。(全6回の第4回)
***
【写真】ビキニ姿で圧巻の美ボディ…イケイケだった頃の原千晶。「圧倒的な美少女だった」幼少期、10代、20代、クラリオンガール時代。現在の全身ショットも
2009年末に2度目のがんが発覚するんですが、今の夫とはその3年ぐらい前からお付き合いしていて、「そろそろ結婚しようか」と言っていたんです。
本当は、がんが見つからなかったら、翌年の正月に主人の実家にあいさつに行くという約束までしてたんですけど、それも取りやめになりました。
2度目のがんになった時は、自分のせいで、ここまで病気を悪くしてしまって、あとはもうなんとか命を助けてもらうしかないと思いました。一方で、周りをこんなに巻き込んでしまったことが、すごくショックだったんです。
主人もそうですし、これから家族になろうとしている主人の両親に、子どもが産めないという現実を一緒に背負わせることになるのが本当に辛かった。たまらなくなって、主人にその話をすると、「そんなことは1つも考えなくていいから。とにかく元気になろうよ。親父もお袋も説得するし、何にも心配しなくていいから」と話してくれました。
言葉が少ない人でしたが、「2人で、いいじゃん」「夫婦2人で元気に生きていこうよ」と言ってくれて、言われるたびにボロボロ泣いていましたね。
主人は1歳年上で、テレビの制作会社のプロデューサーでした。ドラマの現場で出会って、歳が近かったので、すぐに仲良くなりました。「なんかいい人だな」と思って、すごく好きになって、自然とお付き合いするようになりました。
普段はおとなしい人。あまり自己表現をしなくて、口数も多くなくて、感情も出さないし、常に一定の人なんですよね。がんで入院中の時も、毎日お見舞い来てくれたんですが、何にも変わらない。そばで週刊誌を読んで、ご飯を食べて帰るの繰り返しでした。
例えば花を1輪持ってくるとか、ケーキを買ってくるとか……ないのかなと内心思っていたんですが、もう全く変わらずで、来て帰るだけでした。それで、ある時、それを冗談めかして言ったことがあるんです。彼は「そんなつもりなかった」という感じで、ああそうなんだなと思いました。
[1/3ページ]