警察OBが「この小学校は最も不審者が侵入しにくい」と太鼓判を押した理由 全員が当事者になる「みんなの学校」の意義【石井光太×木村泰子】
“風呂敷”が画一的に
木村 「学校を地域社会に変える」ことですね。子どもたちと一緒に学ぼうと思う大人はみんな学校のピンポンを鳴らして入ってくればいい。
こういう話をすると、子どもの個人情報を心配する声や、不審者が入ったらどうするんですかという反発が聞こえてくるんですけど、それは逆なんですよね。いろんな大人がいつも学校にいれば、不審者は入ろうとしません。警察のOBの方が学校を見守りで回っておられる中で大空小学校のことを「不審者が一番入りにくい学校ですね」とおっしゃいます。「どうしてですか」って聞くと「いろんな大人が学校の中にたくさんいる、こんな学校に不審者は来ませんよ」と。学校が地域にお願いして「どうぞ学校にいらしてください」という関係性を作っていけばいいと思います。
逆に教員しかいない学校だと子どもを包んであげられる“風呂敷”が画一的になってしまう。それは風呂敷というよりは柔軟性のないスーツケースでしょう。これが不登校30万人の原因でもあると思います。教員が風呂敷を広げるだけでなくて、友達のお母さん、お父さん、地域のおじいちゃん、おばあちゃん、いろんな人が学校に来て色んな風呂敷を広げて子どもを包んでくれたらいい。そうすれば全員が当事者になり、「みんなの学校」になる。先生たちも、親も、地域の人も、ありのまま子供と一緒に学んでいく、ということが大事なのではないでしょうか。
前編『小学校で飛び交う「こいつとは無理」「キモい」の声…なぜ学校現場では“多様性”よりも「分断」と「格差」が助長されてしまうのか』では、教育の現場で進む子ども同士の「格差」問題について二人が語り合っている。