「引退時に打診がないということは…」 “青木宣親監督”誕生の可能性は

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 先ごろ発売された『青木世界観』(文藝春秋刊)は、ミュージシャンで小説家、そしてヤクルトファンの尾崎世界観(39)が聞き手となって、ヤクルトの青木宣親(42)にインタビューしたものだ。そこで青木は、

〈将来的に引退した後、自分がどのような道を歩むかということはまだ全く想像できないです。指導者になる、という選択肢についても、今はプレーヤーとして必死なのではっきりイメージできないですね〉

 と、自身の将来について語っている。

 その青木が、今シーズン限りでの引退を発表した。

平坦ではなかった野球人生

 歴代5位の日米通算2723安打、史上唯一の2シーズン200安打達成などの実績がさんぜんと輝くその野球人生は、決して平坦ではなかった。高校時代は甲子園に進めず、指定校推薦で早稲田大へ。2003年、チームメイトの鳥谷敬はドラフト自由枠で阪神に入団したが、青木は4位指名に甘んじた。2年目にシーズン200安打と首位打者、新人王を獲得してレギュラーに定着したものの、

〈チームが弱かったことも辛かった。あの頃、周囲から青木宣親は自分勝手なプレーヤーだと思われていたと思います。そんな話も少し耳に入っていて〉

 11年オフ、ポスティングでブルワーズが交渉権を獲得するも、なぜか入団テストを受けるはめになるという、波乱の渡米だった。

 その後、ロイヤルズでワールドシリーズに出場するなど6年間で日本人最多の7球団を渡り歩いた青木は18年にヤクルトに復帰し、22年の日本一に貢献した。

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