中国「10歳男児」刺殺事件はなぜ起きたか 背景にあった「ナチュラルな反日意識」と「日本人への社会的報復」
中国・深センで日本人の10歳男児が刺殺された。日本政府は中国に対し、事実関係の説明を求めるなど、国際問題に発展しかねない事態となっている。なぜ、このような痛ましい事件が起きたのか。中国社会の「反日感情」をつぶさに観察すれば、これは決して偶発的なものではない――。【高口康太/ジャーナリスト】
【写真】武装した警官が厳重警備…事件から数時間の現場は殺伐とした雰囲気
中国政府はあくまで「個別の事件」という認識
中国・広東省深セン市で2024年9月18日、日本人学校に通う10歳の男子児童が登校中に刃物で刺され、死亡する事件が起きた。シンガポール華字紙・聯合早報は現場を目撃した近隣住民の話を報じている。腹部と太ももを複数回刺された児童は内臓が露出しているほどの重傷を負った。通行人が心肺蘇生を試みる中、かたわらでは母親と見られる女性が号泣していたという。
今年6月に江蘇省蘇州市でも日本人母子が襲撃される事件が起きたばかりで、今後も模倣犯が現れるのではないかと在中国日本人社会では不安が広がっている。
一方、中国政府はあくまで個別の偶発的な事件との見方を崩していない。中国外交部の林剣(リィン・ジエン)報道官は19日の定例記者会見で、哀悼の意を表明するとともに次のように発言した。
「現在把握している状況では個別事件であり、世界のどの国でも起こりうるものだ」
「(短期間に2件の日本児童を狙った事件が起きたがとの質問に)先ほど言及したとおり、個別の事件である。日中両国はこの事件について連絡を保持している。我々中国は日本を含む外国人の旅行、留学、ビジネス、生活を歓迎する。外国人市民の安全を保障するために有効な対策を継続する。こうした個別の事件が日中両国の往来と協力に影響することはないと、我々は信じている」
また、19日付産経新聞によると、中国外交部の孫衛東(スン・ホンドン)外務次官は、金杉憲治・駐中国日本大使と電話会談し、「前科のある者による個別の事案」と説明したという。
蘇州の事件でも、中国政府はあくまで「個別の事件」であると強調、犯人の動機など事件の詳細については明かしていない。今回も同じ立場を踏襲しているわけだが、これで納得できる人はいないだろう。今後も同様の事件が起きる可能性は高いのではないか。
日本=打倒しても良い悪という観念
その理由は2つある。第一に中国の反日意識の強化だ。
一例を挙げよう。事件が起きた9月18日は満州事変の起点となった柳条湖事件の記念日、中国現地では「918」と呼ばれ、日本企業や在中日本人はこの日は目立つ行動をひかえることが”常識”とされている。だが、実は918がここまで重要視されるようになったのは最近の話だ。
もともと中国の歴史教科書では、日本との戦いは「八年抗戦」、すなわち1937年7月7日の盧溝橋事件から終戦までの8年間として教えられていた。それが現在では1931年9月18日の柳条湖事件を起点とする「十四年抗戦」へと変わっている。習近平総書記が2014年の中国人民抗日戦争及び世界反ファシズム勝利69周年記念座談会で言及した後、2017年から教科書に記載されるようになったとされる。
これはたんなる歴史観の修正にとどまらず、悪しき日本軍国主義を打倒したという意識の強化につながり、日本を叩くのは正義という潜在的意識を強めるものになった。根っから日本人が嫌いという中国人も少なくないが、それ以上に広がりを持つのがナチュラルな反日意識だ。
「日本兵が刀を振るい、1人(中国語で一口人)を殺しました。地面に流れた血が四滴」
これは中国の小学校でよく出てくる謎かけだ。正解は「照」という漢字になる。日本嫌いではない人たちも、特に問題視することなくこうした謎かけで遊んでいる。こうしたことの積み重ねが社会の中に、日本=打倒しても良い悪という観念を広めていることは否めない。
近年、日本の着物を着ている、中国で盆踊りを開催した、商品名やブランド名に日本語を使った、日本の建物を模倣した……などなどの理由で吊し上げにされる個人、企業が後を絶たないが、日本=悪の社会通念から過度なバッシングが止まらない。
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