小沢健二が「LIFE再現ライブ」で語った“真理” 1994年の30年後も、2024年の30年後も「振り返ればあっという間」(古市憲寿)

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 1994年8月31日、小沢健二さんのアルバム「LIFE」が発売された。それからちょうど30年後の2024年8月31日、武道館で開催された「LIFE再現ライブ」に行ってきた。

 僕には30年前の「オザケン」に対する記憶がほぼない。世代的な理由かもしれないし、音楽的嗜好かもしれない。僕にとっての90年代といえば、TRFやglobeといった小室サウンドと共に想起される。

 だから長年のファンに怒られやしないかと恐る恐る武道館に足を運んだのだが、そこは異様な幸福感に満たされた空間だった。まるであの「1994年」のまま世界が30年間続く、別の世界線の2024年に迷い込んだような錯覚を覚えた。

 1994年とはどんな時代か。日本ではバブルが崩壊し、長期不況が始まっていたが、決して世相は暗くなかったと思う。団塊ジュニア世代が若者だったので、とりわけエンターテインメント産業には活気があった。音楽CDは売れに売れた。奇しくも同年8月31日はジュリアナ東京の営業最終日だが、12月10日はヴェルファーレが開業している。まだ阪神・淡路大震災や地下鉄サリン事件さえ起きていない。

 世界に目を向けても、未来に希望を持てた時代だった。1989年にはベルリンの壁が崩壊し、長く続いた冷戦が終結したのだ。1993年にはEUが発足し、欧州単一市場と、更なる政治的統合に期待が寄せられる。歴史学者のフランシス・フクヤマなどは、世界中の国がリベラル民主主義に収斂(しゅうれん)していくだろうと予測していた。普及し始めていたインターネットが、その希望に拍車をかけた。

 だが明るい未来が訪れることはなかった。日本では若者が減り続けている。アメリカと中国間では新冷戦が始まりつつあるし、権威主義国家も増加している。スウェーデンのV-Dem研究所によれば、2023年の「自由民主主義指数」は、1985年の水準まで後退した。あの1994年にあったはずの希望はどこに行ってしまったのか。

 小沢さんがMCで興味深いことを言っていた。2024年から見れば、1994年以降の30年はあっという間だったように感じる。だけど1994年の人々にとって、30年後の2024年は遠く未来に思えた。同じように僕たちからすれば30年後の2054年ははるか先に感じる。でもきっと振り返れば、あっという間なのだ(意訳です)。とてもシンプルな言葉から真理がこぼれ落ちる。それが小沢さんの魅力なのかもしれない。

 もしそうならば、この30年間を悔やんでも仕方がない。どう足掻こうが、僕たちの生きる2024年では戦争が続き、自由と民主主義は脅かされている。だけど2054年を少しでもマシな世界に変えていくことはできる。あの希望に満ちた90年代の未来が想像通りにいかなかったように、とても希望など抱けそうもない未来が、逆に明るいということもあり得る。2054年に、今年の夏をどう思い出すのだろう。また「LIFE再現ライブ」はあるかな。

古市憲寿(ふるいち・のりとし)
1985(昭和60)年東京都生まれ。社会学者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員。日本学術振興会「育志賞」受賞。若者の生態を的確に描出した『絶望の国の幸福な若者たち』で注目され、メディアでも活躍。他の著書に『誰の味方でもありません』『平成くん、さようなら』『絶対に挫折しない日本史』など。

週刊新潮 2024年9月19日号掲載

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