「後期高齢者」という酷い呼び名 “レッテル張り”が日本の健康長寿を阻んでいる

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前向きな気持ちを失う

「後期高齢者」という呼び名に抵抗を示す声を、よく耳にする。これは2008年に、後期高齢者医療制度が導入されたのにともない、もちいられるようになった用語で、周知のように満75歳以上の高齢者を指す。自分がその年齢に該当しないうちはいいが、いったん「後期高齢者」の仲間入りをすると、自分の人生が終末期に入ったような気になり、前向きでいられなくなる、元気を失う、積極的に外出する気力が失せる、などというのである。

「後期高齢者」という言葉によって、前向きな姿勢や元気を失う人がいるという現実は、かなり深刻に受け止めるべきことなのではないだろうか。

 現在、日本は健康寿命を延ばそうと、国を挙げて取り組んでいる。2023年の日本人の平均寿命は男性81.09歳、女性87.14歳で、世界の国や地域とくらべると男性は5位、女性は1位である。一方、制限なく日常生活を送れる期間、すなわち健康寿命は、2019年のデータで男性72.68歳、女性75.38歳。平均寿命とのあいだに男性で8歳以上、女性では12歳近い開きがある。

 だれでも寿命が続くかぎりは健康にすごしたいだろう。それに、平均寿命と健康寿命の差が広がるほど、その間、医療費や介護給付費がたくさんかかる。ただでさえ少子高齢化が進んで社会保障費が膨張している以上、病気を予防し、健康を増進し、健康寿命と平均寿命の差を縮める必要性は年々増している。

 では、健康ですごすためには、どうしたらいいのか。内閣府が2021年に、60歳以上の男女を対象に行った意識調査によれば、健康についての心がけとしては、66.2%の人が「休養や睡眠を十分にとる」、61.3%の人が「規則正しい生活を送る」、58.3%の人が「栄養のバランスがとれた食事をする」と答えている。

 しかし、心身がともに健康でなければ、ほんとうの健康とはいえないだろう。そればかりか、心の健康は身体の健康に影響をおよぼす。気持ちを明るく持ち、日々前向きに生活することが、前頭葉の老化防止につながり、免疫力の向上にもつながるというのは、老年医学に携わる多くの医師が指摘するところである。

「余命幾ばくもない」と聞こえる

 実際、この内閣府による意識調査では、「気持ちをなるべく明るく持つ」という答えた人は41.3%と少なく、男女別にみると、女性は48.6%に達するのに対し、男性は33.3%にすぎない。また、「なるべく外出する」にいたっては、全体で26.4%とかなり少ない。

 この意識調査は、じつは国際比較調査にもなっているのだが、上記の項目に気をつけている日本人は、他国とくらべてかなり少ない。60歳以上の単身世帯の男女に尋ねた結果をみると、「気持ちをなるべく明るく持つ」と答えた人は、男性の場合、日本は28.8%なのに対し、スウェーデンは48.0%、ドイツは72.7%、アメリカでは84.7%に達している。女性は日本でも59.6%だが、ドイツの74.8%、アメリカの89.3%にくらべると低い。

「なるべく外出する」と答えた人も、日本では男性が31.5%なのに対し、スウェーデンは45.1%、アメリカは57.6%になる。女性も日本は30.3%だが、スウェーデンは56.5%、アメリカは66.3%である。

 ただでさえ、日本人は「気持ちをなるべく前向きに持つ」ことの重要性を認識している人が少ないようだ。健康寿命を延ばすためには、高齢者にその点の意識改革をうながすことが必要に思われるが、「後期高齢者」というレッテルを張られることで、その意識がしぼんでしまっているという現実があるとしたら、どうだろうか。

 昨年、満75歳になったある男性の声を紹介する。

「後期高齢者医療制度が導入されたのは、私が還暦を迎え、勤めていた会社を定年退職したころだったと記憶しています。“後期”だなんて終わりに近い呼び名をつけていいのだろうかという疑問はもちましたが、その時点では、私にはまだ無縁の話だという認識でした。そして、空いた時間を利用して、クラシック音楽のコンサートに頻繁に通ったり、内外に旅行したりと、充実した日々をすごす夢をいだいていました。実際、それなりに充実した日をすごしてきたつもりですが、昨年来、趣味に張り切っていると、妻から“あなたももう後期高齢者なんだから”とたしなめられ、昔の仲間に会っても“俺たちも後期高齢者だからな”という話になります。この“後期”という言葉、自分が該当するようになって実感しますが、“終わりに近い”とか“余命幾ばくもない”という意味にしか聞こえません。こんなふうに呼ばれていたら、元気なんて出ないし、前向きな気持ちになりたくたってなれませんよ」

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