「次やられたらやり返す」 阪神の助っ人の“殺人タックル”で乱闘騒ぎ…日本球界にコリジョンルールをもたらした男の「危険な本塁突入」
近年のプロ野球では、かつてのような格闘技顔負けの乱闘シーンはほとんど見られなくなった。2016年のコリジョンルール導入により、本塁上のクロスプレーで走者が捕手に激しくタックルすることがなくなったのも、大きな理由に挙げられる。そして、日本球界にコリジョンルールをもたらすきっかけを作ったのが、阪神の助っ人、マット・マートンである。【久保田龍雄/ライター】
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【写真を見る】このあと乱闘に発展 マートンのタックルをブロック後に「反撃のパンチ」を繰り出すヤクルト・相川捕手
気さくな性格と「凶暴性」
2010年に来日したマートンは、1年目にオリックス時代のイチローの210安打を更新するシーズン214安打のNPB記録を樹立。2014年にも打率.338で首位打者に輝くなど、“虎の安打製造機”として在籍6年で通算1020安打、77本塁打、417打点、打率.310をマークした。
気さくな性格なマートンは、ファンへのサービス精神にも溢れ、多くの人々に愛された。2012年6月9日のオリックス戦で、自らの緩慢プレーを「アイ・ドント・ライク・ノウミサン。レット・ゼム・スコア」(オレは能見さんが嫌いだから、オリックスに点をあげたんだ)と冗談めかした発言が炎上騒動を招くと、翌13年4月9日の巨人戦の勝利後、能見篤史とともに上がったお立ち台で「ノウミサン、アイシテル!」と熱い抱擁を交わし、自ら騒動に終止符を打ったエピソードでも知られる。「最も印象深い助っ人」に彼の名を挙げる虎ファンも多いはずだ。
その一方で、マートンは、チームの勝利のために闘志をむき出しにし、本塁突入時の激しいタックルが、“殺人タックル”として問題になった。
“最初の事件”が起きたのは、2013年5月12日のヤクルト戦。1点ビハインドの4回1死一、三塁、藤井彰人の中飛で本塁を突いた三塁走者・マートンは、捕手・田中雅彦にタックルし、体ごと上からのしかかるようにして激しく押し倒した。
判定はアウトも、田中はこのプレーで左鎖骨を骨折し、登録抹消に。マートンは「わかってほしいのは、けっして相手をケガさせようとしてやったんじゃないということ。何とかして点を取りたいと思って、初めてああいう形で当たりにいった」と説明したが、ヤクルト・小川淳司監督は「完全なラフプレー。とんでもない」と非難した。
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