悪しき「ゆとり教育」と戦った数学者の述懐 「『12×231』を解けない小学生」が流れを変えた

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徹底的に活動を開始…呆れた政策を変えた調査結果

 そのような出来事が続いたからこそ、筆者は数学教育分野で徹底的に活動を開始した。朝日新聞「論壇」(1996年11月7日号、2000年5月5日号)や週刊ダイヤモンド「論文」(1998年4月11日号、2002年7月20日号)などで「数学の意義」や「ゆとり教育の問題点」を訴え、ゆとり教育を見直させるきっかけとなった『分数ができない大学生』(東洋経済新報社)の分担著者にもなった。

 いつまでも呆れた政策が続くわけもなく、2006年になって流れは劇的に変わった。きっかけは同年7月に国立教育政策研究所が発表した、小4から中3およそ19,000人を対象とした「特定の課題に関する調査(算数・数学)」である。小学4年生を対象とした「21×32」の正答率が82.0%であったものの、「12×231」のそれは51.1%に急落。小学5年生を対象とした「3.8×2.4」の正答率が84.0%であったものの、「2.43×5.6」のそれが55.9%に急落。また、「3+2×4」の正解率が小4、小5、小6となるにしたがって、73.6%、66.0%、58.1%と逆に下がっていく珍現象もあった。これに関して筆者は、同年7月15日の産経新聞に「四則計算の理解不足は、3項以上の計算がほとんどなされていないのも原因。2項だけの計算ドリルが流行し、現行の教科書も3項以上の計算が激減している」とコメントしたことを思い出す。

 間もなくして筆者は、文部科学省委嘱事業の「(算数)教科書の改善・充実に関する研究」専門家会議委員に任命され(2006年11月~2008年3月)、掛け算の筆算、四則混合計算、分数・小数の混合計算などに関する持論を最終答申に盛り込んでいただき、「ゆとり教育」は見直される運びとなった。当然、中学数学や高校数学の内容や授業時間数も見直される運びとなり、教員採用数は大都市圏を中心に増加することになった。

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【後編】では、これからの算数・数学教育への“暗記で誤魔化してはいけない”という提言を紹介している。

芳沢光雄(よしざわ・みつお)
1953年東京生まれ。東京理科大学理学部(理学研究科)教授を経て、桜美林大学リベラルアーツ学群教授に就任、2023年に定年退職。理学博士。専門は数学・数学教育。近著に『昔は解けたのに…大人のための算数力講義』(講談社+α新書)ほか著書多数。

デイリー新潮編集部

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