「日本の男女平等はおかしいよ」「多様性ってホントに寛容?」 コンプラ社会の水面下に潜む「利害関係」にご用心【和田秀樹×池田清彦】
ポリティカル・コレクトネスやコンプライアンスが叫ばれ、少しでもそこからはみ出ようものなら「不適切にもほどがある!」と叩きのめされてしまう令和ニッポン。「ジェンダー平等」についても同様で、「男らしさ」「女らしさ」といった表現すら死語あるいはNGワードと化している。が、そういう昨今の風潮に「行き過ぎ」を感じる人が存在するのも事実。
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でも、その違和感を口に出したらまた叩きのめされる――そんな人のために、「俺たちが言う!」とばかりに遠慮忖度(そんたく)なしで思うところを語る役を買って出たのが医師・和田秀樹さんと生物学者の池田清彦さんだ。異論反論大歓迎、批判も承知で、NGワード抜きで二人が語った本音とは――。
※本記事は、和田秀樹氏、池田清彦氏による対談『オスの本懐』(新潮新書)より一部を抜粋・再編集し、全4回にわたってお届けします。
「女性の社会進出が大事」といいつつも……
和田秀樹(以下、和田) 巷でいわれる「男女平等」には、どうもバグがあるのではないか、そう感じる人は少なくないと思います。
1990年代の初めにアメリカ留学していた頃、ホモセクシャルの心理学者が講演会で、「現在、male(男)、female(女)という枠組みのなかでfemaleが強くなったのは事実。でもmasculinity(男らしさ)、femininity (女らしさ)の文脈で考えると、今ほどfemininity がバカにされている時代はない」というんです。
現代社会では、男らしい男や男勝りの女は活躍しやすいが、女性的な男性や主婦(夫)業や育児に専念することを望む人はとても肩身が狭い思いをしている。つまり、masculinityばかりが尊重される社会じゃないか、と。
実に的確な指摘だと感じましたね。「女性の社会進出が大事」といって、男性と肩を並べてバリバリ働く女性像がもてはやされますが、彼女たちがすべての女性の代表なのかというと……。
池田清彦(以下、池田) まったく違うよね。
和田 高市早苗議員や丸川珠代議員など女性政治家も、「夫婦別姓に反対」と主張しながら、当人たちは当たり前のように別姓で政治活動をしています。Masculinityがある女性は、法律が夫婦別姓を認めようが認めまいがどうでもいいのでしょうか。
日本の男女平等にはどうもミスマッチがあって、女性たちが「男の土俵」に入っていって戦わなければいけないような仕組みになっている。これは間違っています。
池田 大問題だね。男女に限らず個人にはそれぞれの個性や強みがあるのに、それを無理やりなくしてしまおうという話でしょ。
女らしい女は活躍できない? 無理ゲー社会
和田 私は、明らかに消費不況に陥っている今の日本こそ、「男勝りの女」ではなく「女性らしい女性」をトップに据えたほうがいいと思います。
いわゆる男っぽい経営者は、ボスとしてのカリスマ性やリーダーシップで社員を引っ張っていくので、生産性を上げる点では上手くいく。でも、強い男には他人の気持ちがわからない人が多いのです。
池田 それだと、消費者のニーズがみえにくくなるよね。
和田 今は女性が支持する商品でなければヒットしませんからね。これからは「女らしい女」の出番です。
そもそも男の強み、女の強みをそれぞれ100パーセント出せるような仕組みがあってこそ、本当の意味で多様性のある社会になるはずです。そのほうがお互いにWin-Winでハッピーなのに、男子100メートル走のような競技に女性を放り込んで、「男女平等だから、男に負けないように走れ」と鼓舞したところで、そこで輝けるのは男らしい女性だけになってしまいます。
池田 若者言葉でいう無理ゲーだね。
和田 男女平等もそうですが、一般にポリコレは多様性を認めるように主張しながら、自分たちの考える“スタンダード”に合わない人を徹底的に排除したりします。これはダブルスタンダードだと思いますね。
池田 多様性を語るために「こうあるべきだ」という「べき論」を持ち出したりする。自分が正しいと思うことを他人に強いていながら、それこそが公正・平等だと思い込んでいる連中もいる。そうなると多様性もなにも、根本的にめちゃくちゃになる。
和田 一つの価値観しか認めない狭量さ、「右に倣(なら)え」のスタンスが逆に多様性を奪っていることになぜか気づかないのです。
池田 「自分は自分が好きなようにやる、他のやつにも干渉しない」という発想にはならないんだな。
「みんな同じトイレに入れ」という不寛容
池田 同性婚だって、相手が異性でも同性でも好き同士くっつけばいいのに、そうすると国のほうが「同性婚を認めると国の根幹が崩れる」なんて的外れの議論を始めてしまう。これも不寛容ですよね。
和田 多様性を謳いながら一つの価値観を押し付けるという点で印象的だったのが、新宿・歌舞伎町タワーのジェンダーレストイレです。一つの選択肢しか用意しないのは多様性に逆行していますし、「男も女も性的マイノリティもみんな同じトイレに入れ」というのはあまりに暴力的でした。
池田 結局、反対の声が多くて廃止されましたね。まあ、そもそもスローガンみたいなものを妄信するのは実はすごく怖いことで、「地球に優しい」とか「人権を守る」とか表向きはもっともなお題目でも、水面下では大きな利害関係が働いていたりする。それに気がつかない人はコロッと騙されます。
※新潮新書『オスの本懐』より一部抜粋・再編集。