大正時代の「上級国民」とネット時代の「上級国民」との違いは 人気評論家が説く「上級語彙」の魅力

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「上級」が頭につく語には、「上級者」「上級職」というように、グレードが高いという意味合いがある。

 評論家の宮崎哲弥氏が2022年に刊行したのは『教養としての上級語彙 知的人生のための500語』(新潮選書)。タイトルにある「上級語彙」は、表現を豊かにする「ワンランク上の語彙(ごい)」とのこと。具体例として挙げられているのは「濃やか」「久闊を叙する」「謦咳に接する」「鼎の軽重を問う」等々。ともすれば「分かりやすさ」「シンプルさ」にのみ重点が置かれがちな風潮に抗うかのように、豊かな日本語表現が並んでいる。

 一方、最近よく使われるようになった「上級国民」という流行語は、ネガティブなニュアンスが強い。「特別扱いを受けているズルい特権階級」という意味が込められている。

 実はこの「上級国民」、宮崎氏によれば最近の新語ではなく、戦前の書物にも見受けられるものだという。

 しかし、そのニュアンスは現在のネット用語としての「上級国民」とはかなり違うものだったようだ。では一体、どういう場面で使われていたのか。宮崎氏の新刊『教養としての上級語彙2 日本語を豊かにするための270語』(新潮選書)から「上級国民」と「上級語彙」に関する部分を抜粋してご紹介してみよう。なお、文中に含まれる「上級語彙」については、あえて読み仮名などは入れずに本文最後にまとめて読み仮名と解説を加えておくこととする。かなり簡単なものもあれば、今では滅多に見ない表現もあるので、すべてスラスラ読める方は相当な「上級読者」といえるかもしれない。

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「特権階級」とどう違う

「上級国民」は、2010年代半ばからネットを中心に拡がった新語である。新語といっても、「上級」も「国民」もありふれた日常語であり、これらを組み合わせた言葉がいままでなかったわけではない。

 例えば、憲法学の泰斗(※1)だった佐々木惣一が大正7年(1918年)に著した『立憲非立憲』のなかにも「上級国民」という文言は見出せる。

 しかし佐々木は、制限選挙下における参政が認められた層、即ち「門地(もんち)や職業に依て限られた範囲の国民」のことを仮に「上級国民」と呼んだのである。「門地」とは家柄のこと。現在一部で流行している同語とはまったく意味合いが違う。

 現在の「上級国民」は、財力や政治力を持っていて、様々な特典に浴するばかりか、責任や罪からすら免(まぬか)れ得る立場にある「国民」を指すようだ。これだけならば、旧来の「特権階級」とどう違うのか判然としないが、一つには「階級」意識の希薄化によって、ごく少数の「国民」とした方がリアリティを感じられるということだろう。

 さらにニュアンスを探れば、「上級国民」の方が非公式的というか、暗々裡(※2)に優遇されているような語感がある。政府をはじめとする公権力が不正に特権を認めているという、後ろ暗いイメージが付きまとう。

階級的な含意は皆無

 しかし、本書タイトルにある「上級語彙」にそういう意図は微塵(みじん)もない。齋藤孝氏との対談でも確言(※3)したように、英語学習の場面で「TOEIC950点超えに必須の上級語彙」などといわれるのとまったく同じ。単に“advanced vocabulary” の訳語であり、階級的な含意など皆無である。

 幸いにも、本書タイトルに対して、その類の苦情、批判はほとんど認められなかった。危惧は杞憂(※4)に終わった。しかし、上級語彙をめぐる事実問題とは別に、階級、階層と言葉遣いとの関連は一考(※5)に値するかもしれない。

※1 たいと【泰斗】学術や芸術の分野で大家とされる人物。斯界(しかい)(=この分野、この領域)の権威として仰ぎ尊ばれる者。第一人者。オーソリティ。大宗(たいそう)。
 ※「泰山北斗」の略。泰山(中国山東省泰安市郊外にある名山)も北斗七星も仰ぎ見られる存在であることから、権威者の隠喩(いんゆ)となった。
 
※2 あんあんり【暗暗裡/暗暗裏】人知れぬうち。人知れず。内々。秘密裡。こっそり。人目を盗んで。
 
※3 かくげん【確言】明確に言い切ること。きっぱり言明すること。またはその言葉。「対話は今後も継続すると確言した」「彼はサッカー日本代表の勝利を確言していた」
 
※4 きゆう【杞憂】ありえない事態を心配して思い煩(わずら)うこと。根拠のない不安に戦(おのの)くこと。取越(とりこ)し苦労。「僕の杞憂に終わって幸いだった」「開催が危ぶまれたが杞憂に過ぎなかった」
 ※もともとは「杞人の憂い」の意味。古代中国、春秋時代の杞の国の人が、天が落ち、地が崩れることを危惧するあまり、夜眠れず、食も細ってしまったという故事にちなむ。
 
※5 いっこう【一考】一度考えをめぐらすこと。一回考察してみること。「一考に値する」「ご一考いただきたく存じます」「この案件は一考を要する」「彼女の失敗については一考の余地がある」「一考を煩わす(=一度考察する手数をかける)」

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