「転倒は要介護の引き金に」 高齢者のQOLを下げる「転倒」を防ぐために…簡単にできる「ながらトレーニング」

ドクター新潮 ライフ

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家庭で実践できる練習

 ポイントの一つは、単に運動をしながら問題に答えるだけではなく、問題を声に出して読み、解答してもらった点にあります。頭の中で考えるだけでなく、言葉を発することでさらに脳が働くため、より脳機能が鍛えられたと考えられます。

 このことからも、転倒予防のためには、転ぶリスクのない環境で二重課題を行うことにより、大脳の処理能力を鍛えるのが有効であることが分かります。

 家庭であれば、テレビのクイズ番組を観て、声を出してそれに答えながら、無理のない範囲で立ったり座ったりを繰り返してみるのがいいのではないでしょうか。くれぐれも転ばないために、不安な方はどこかにつかまりながらやるよう注意してください。あるいは、椅子などに座ったままで足踏みをしながら歌を歌うというのもお勧めです。

 こうしてバランス能力や大脳の処理能力を鍛え、転倒を過度に恐れることなく好きに出歩けるような体を維持しておく。そして外を歩き、足腰の丈夫さを保てれば、QOLを低下させるサルコペニア(加齢に伴う筋肉減少症)やフレイル(要介護手前の虚弱状態)に陥るリスクを下げることができるのです。

「自分は転ぶはずがない」が危険

 家の「外」での転倒を予防しつつ、もうひとつ大切な転倒防止対策があります。私が属するリハビリテーション科が「転倒により大腿骨を骨折した患者さん」から聞き取りしたデータでは、実は約7割の人が家の中で転倒し、その中でも自分の部屋で転んでしまった人が約3割もいたのです。つまり意外なことに、多くの人は「外」でなく「家」で転倒していたわけです。したがって、家の中での対策も欠かせません。

 とりわけ、起きてベッドから移動する時が要注意です。寝ぼけまなこで注意が散漫だと転倒しやすい。まずは、目が覚めてもすぐに移動せず、ベッドの上で少しゴロゴロし、意識を目覚めさせることをお勧めします。

 また、起き上がる際の支えとなるように、ベッドの近くに壁などがあると安心ですが、そう簡単に部屋の中の配置は変えられないかもしれません。その場合は、ベッドのすぐそばに床から天井までのつっかえ棒を設置し、それをつかみ、支えにしながら起き上がるといいでしょう。

 その他、スリッパを履くと「脱げないように」と意識して歩行が不安定になりますし、玄関先などでつっかけを履くのも同様の理由で、転倒の引き金となるため要注意です。

 スリッパやつっかけを履いて転ぶなんて、かなりの年寄りだけだろ――そういう発想自体が危険です。スリッパを履いたくらいで自分が転ぶはずがない、自分だけは大丈夫。これこそが「過去の栄光」なのです。

 かつての自分の幻影を追わず、老いに伴う能力の低下をしっかりと受け入れて転倒予防に努める。

 これこそが「転ばぬ先の杖」となるはずです。

安保雅博(あぼまさひろ)
東京慈恵会医科大学附属病院リハビリテーション科主任教授。1963年生まれ。東京慈恵会医科大学卒業。医学博士。スウェーデンのカロリンスカ研究所に留学し、リハビリテーション治療のパイオニアとして知られる。専門は脳卒中後遺症。『家でも外でも転ばない体を2ヵ月でつくる!』『寝たきり老後がイヤなら毎日とにかく歩きなさい!』等の共著書がある。

週刊新潮 2024年9月5日号掲載

特別読物「健康寿命を延ばすための『転倒防止』講座 絶対知っておくべき『3つの重大ポイント』より」

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